注がれた紅茶にサラサラと白い粉が入っていく様子を目の当たりにして、「今何入れた?」と聞いてしまうのは当然だと思う。
砂糖ではない。サボの懐から出てきた薬包とは別に、角砂糖の入ったシュガーポットが既にテーブルに置かれているのだ。そもそもおれは紅茶に砂糖もミルクも入れない。お互い革命軍の任務に作戦会議に活動の資金調達にと忙しい中、時間が出来ればこうして共に茶を飲むサボもそれを知っていてなお、何かを入れたのだ。何を入れたのかと聞くのは当然だろう。
「副作用はないから安心してくれ!」
「今一気に不安になった」
笑顔でハキハキ言うことかよ。マジで何を入れたんだ。副作用の有無を伝えられるような代物をおれは紅茶に混入されたのか。おれが何をしたというんだ。サボがまだほんの小さなクソガキだった頃から面倒を見てきたし革命軍のためにも身を粉にして働いてきたというのに。
「おれも明日は予定ないし、大丈夫だ!」
「ねェ何が?昔からおれもコアラも言ってるでしょ?会話をして?」
「…ナマエがそうやっていつまで経ってもおれを子供扱いするから」
「子供扱いすると仲間との穏やかなティータイムに薬を盛るようになるの?」
「仲間じゃないだろ」
「……ああ、なるほど」
おれとサボは仲間じゃないわけではないが、正確に言えば同じ革命軍に所属する仲間であり、恋人でもある。恋人といってもお互い忙しい身で、さらにはおれがまだサボは子供だという意識が強いために触れる程度のキスしかしていない仲だ。革命軍が大義を果たすまでは無理せず進めればいいと思うのだが、サボは違うらしい。要するに今混入されたのは媚薬か興奮剤の類で、さっさと恋人同士の一線を超えてしまおうという心積もりのようだ。曖昧な状況を良しとせず必要と感じたことは的確に手早く進めたがるサボらしいといえばらしいのだが、そこはお互いの問題でもあるのだからまずは話し合いから始めて欲しい。無言で薬品を投入しないで。
「飲まないぞ」
「どうして」
「最初からこういうものを使うことはないだろ」
「キスから何もしたがらないからEDなんじゃないかと」
「誰がインポだ」
「違うのか?」
「ちがわい」
ムッと口を引き結んだ表情は「じゃあどうして」と雄弁に不満を訴えてくる。どうしても何も、忙しい……というのはきっと言い訳でしかないのだろう。こうして茶を飲む時間はあるのだ。やろうと思えばいくらでも手を出せるタイミングはあった。それをしなかったのは、おれがまだ怖気づいているからだ。小さい頃から知っている、弟や息子のような存在に劣情を抱き、手を出そうとしていることに。
それはあまりにも罪深い行為ではないかと、今までにも散々悩んできた。それを打ち壊したのは他でもないサボで、「おれのものになってくれ」と若さゆえの勢いに負けて付き合うことになってしまったことは実を言うと今でも後悔がある。未来も選択肢も無限に広がっているサボを想えば、本当なら大人のおれが突き放してでも止めるべきだったのに、と。
おれが未だにそうやって中途半端な気持ちでいるのをサボとてわかっているのだろう。押されて仕方なく付き合ってるとでも思っているのかもしれない。不安に思う必要などないのだと教えてやりたい。けれどここまでお膳立てされてもおれはこの紅茶を飲み干す勇気すらないのだ。
「…とにかく、いくら副作用がないと言っても媚薬なんてものを使うなんて…」
「媚薬じゃないぞ、痺れ薬だ」
「えっなんで」
「ナマエは寝てればいい!おれが全部やってやるからな!」
「思った以上に強硬手段だった」
目の前で堂々と盛ったにしても普通恋人に痺れ薬使う?セックスしたいっていう意図で薬入れたなら媚薬の類だと思うでしょ。いやどっちにしろ飲まないけど。
白い粉が溶けきった紅茶のカップを押しやって『飲まないぞ』という意思表示をしたが、その手はサボの手によって阻まれた。手袋もしていない、素肌の、成人した男の手。記憶の中で繋いでいた柔らかく小さな子供の手とは似ても似つかない。掴まれた手は力を込めても外れることはなく、もう子供ではないのだと思い知らされているような気分だ。
「…身動きできない状態でやっちまえば、ナマエも諦めがつくだろ」
つぶらな瞳がおれをじっと見つめている。おれの迷いも躊躇いも全部見通している上で、それでも逃がすつもりはないのだと伝えてきているようだった。いやめっちゃ怖いな。もしかして未来も選択肢も奪われたのは、サボではなく、おれの方だったのか。