どちらかが女であればこんな感情は抱かなかったのだろうか。
告白して付き合うことになって手をつないでキスをして、セックス。まあ何%かの例外はあるだろうが想い合った者同士が肌を重ねるようになるのは当然といえば当然の流れで、ロシナンテとて当然、したくないかと聞かれると、したい。
海軍に入隊し同期の男と仲良くなりその感情が友愛から恋慕に変わって数年、決して短くはない間の片想いを経て奇跡的に相手も同じ気持ちだということが分かり晴れて同僚兼友人兼恋人同士という贅沢な肩書きを頂戴する誉れとなった。嬉しい。とても嬉しい。だが問題もあった。それがセックスだ。
恋人であるナマエは男だが、ロシナンテも同じく男である。男所帯の組織ではあまり珍しいことでもないらしいが、幸か不幸かロシナンテは今の今まで男同士の肉体関係を経験したことはない。ナマエを好きになってから彼を右手のお供にさせて頂いたことは一度や二度ではないので、嫌悪感があるというわけでもないのだ。重ねていうが、したくないかと聞かれるとしたい。なんならかなりしたい。結構したい。最近は、着替えるナマエの身体を見るだけでむらむらしている。
「でも実際ケツを掘られるのは怖い、と」
「ケ、…っそう、まあ、そう、だ。だから、嫌なわけじゃなくて…」
「いや別に疑ってないって」
「そう…いう…わけだから…」
「まあ怖いよなァ、ケツなんて本来ちんこ挿れるとこじゃねェもんよ」
「ん……」
「おれにケツの持病が無ければな…」
「ん…っふ…」
「おい笑ってんのバレてんぞ。痔はつれェんだ痔は」
俯いて口元を隠してはいるが、震える肩で抑えきれない笑いが伝わってしまったらしい。本人にしてみれば笑い事ではないだろうが、年若き身空で痔と聞くとちょっと面白くなってしまう。初めて聞いた時は「オッサンがなるもんだろそれ」と遠慮なく笑ったが、それが原因で自動的にロシナンテが抱かれる側と決まってしまったので笑うに笑えない話となったのだ。それでもちょっと笑ってしまうが。
そも、ナマエと付き合い始めて身体の関係をどう結ぶかという段階になったとき、ロシナンテは自分が抱かれる側だと既に思い込んでいた。それはその、まだこうして付き合うようになる以前から、尻に持病を抱えているというナマエと付き合ってセックスするとしたらおそらくおれが掘られることになるんだろうな、という妄想の産物からの思い込みである。
ナマエは優しいから、きっとおれが嫌だと言ったらセックスレスの付き合いでも許してくれるはずだ。でもおれはナマエとセックスをしたいし、ケツを掘られてもいいくらいに好きだからそれくらいなんてことないと言うのだ。そうしたらナマエはありがとうと笑って、おれにキスをして、好きだよロシナンテと囁いて、服を脱がせて、身体をまさぐって
「まあおれがこんなんだしな、ロシナンテも無理しなくていいさ」
「…違う、無理はしてない」
「そうか?」
「…うん」
「おれに抱かれたい?」
「…そういう風に聞くのはよくない」
抱かれたくなければ、セックスをしない選択をしても恋人関係を解消することはないというナマエの提案に乗っている。この件に関してロシナンテよりも余程呑気そうにしているナマエが嘘をつくとも思っていない。だが、誰よりロシナンテが中途半端な接触のままではいられないのだ。
答えをはっきり口に出すのははばかられるような問いかけに顔が熱くなるのを自覚して、居た堪れない気持ちになったロシナンテはナマエの肩を軽く殴った。「ふふ」と楽しそうに笑う顔が、憎らしくも愛おしい。急かしたり憤ったりしない態度がロシナンテを気遣ってくれているようでとても嬉しいのに、もっと欲しがってくれてもいいのにともどかしく思ってしまうのは我儘だろうか。抱かれる覚悟もないくせ、求められたい願望だけは膨らむばかりだ。
「焦んなくていいよ」
「……もうちょっとだけ、待ってくれ」
「おれのケツが治る方が先かもな」
「んっふ」
「笑うなよ」
「笑わせんなよ!」
「勝手に笑ってんだろォ」
このやろう、と頬を抓ってくる手に怒りが篭っていないのは、その手とともに顔が近付いてキスをされたからわかった。一瞬強張った身体を宥めるように柔らかく押し付けられた唇が、二度三度角度を変えて触れ合ってから、ぱくりと下唇を食んで軽く引っ張ってくる。「うひぃ」と情けない声をあげてしまったが、嫌ではないのだ。心臓が壊れてしまいそうなほどどきどきしてしまうだけで、唇が離れてしまうとむしろ名残惜しい。もっとしていいのに、好きなだけ、好きなように。
「……心の準備が出来たら、身体の準備はおれにさせてくれよ」
優しくするから。
キスの出来る至近距離で、まっすぐに目を見て、そんなことを言わないでほしい。いっそのこと無理矢理にでも襲ってくれねェかなァ、なんて思ってしまう。割と本気で。