ペル続々編 | ナノ


やぶをつついてへびをだす  




くろこだいるに ぼこぼこに された!
けいけんちが あがった!
けんぶんしょくのはき を てにいれた!


ゲーム的にテロップを出すとこう。ただしこれはおれにとっての現実なので、実際には気が狂うほど苦しんで死んだ方がマシなほど痛い目に遭って、ようやく死んで終わりに出来るかと思ったら頭の中に飛び込んでくる様々な声や感情が眠ることすら許してくれなかったので、正直なところ『なにこれ…つら…うるさ…きもちわる…』としか思えなかったのだが、まあ後になって思えばおれが生きていくのには必要な能力だったのかもしれない。

無謀は承知、ただの腹いせと自暴自棄で向かっていったクロコダイルには当然返り討ちにされ、腕一本と視力を持っていかれた。元々潰れてしまっていた左目と、頭を強く殴られたせいなのか視力がかなり落ちてしまって裸眼ではほとんど何も見えない右目。失明すると他の感覚が鋭敏になるというが、そのせいなのかそれとも単純に火事場の馬鹿力で身についた能力なのかは知らないが、そういえば原作のコビーも戦争編のごたごたの中で覚醒してたし、なんらかの強いショックを受けて芽生えることもあるんだろう。今世のおれに一切関係ない話だと思っていたからもう記憶なんか大分薄れてしまっていて、詳しくは知らんけど。

見聞色の覇気。
この内乱を経ておれが身につけたこの能力は、生き物の心の声を聞くことが出来る。鍛えていけば相手の動きを先読みすることも可能らしいが、正直どうやって鍛えればいいのかさっぱり分からないし教えてくれそうな師がいるわけでもないので見聞色の覇気というとんでもチート能力が芽生えたことこそがおれのピークだろう。
漫画を読んでいた頃は「便利な力が出てきたなあ」としか思わなかったこの能力は、頭の中でざわざわと雑談されているようで煩わしい部分はあるものの、慣れてしまえば確かにかなり便利だ。

便利と思うことの中のまずひとつとして、悪意が見抜けるようになった。反乱軍にも国王軍にもバロックワークスの輩が工作員として紛れていたが、内乱が終わったからといって全員が捕まるかといえばそうでもない。不利を悟ってそのままアラバスタへ住み着こうとするのもクズの考えとしては道理だろうが、それを許せるかどうかは別問題だ。この争いに関わった人間全員を集めて並べてみれば、頭に響いてくる『声』の違いは明らかだった。上手く紛れられたと喜び、自分の正体がばれやしないかと怯え、そして見抜けぬ周囲を馬鹿にする『声』。問答を交わすのも面倒で幾人かは無言で首を刎ねてしまったが、それを目の前で見て隠し通すのは無理だと観念した他の連中も「脅されて仕方なく」「金がどうしても必要で」「今後はこの国のために尽力するので許してほしい」と減刑を求めて自ら名乗り出てきたので効率化には成功したのだろう。もちろん減刑など受け入れるはずもなく、大半が極刑、残りは参考人として海軍に引渡した。
もちろんその残忍な行ないで怯えたのはバロックワークスのクソ共だけではない。善良な仲間である国王軍や反乱軍にも『王弟殿下は悪魔に魂を売り渡したのだ』と言われるようになるほど怖がらせてしまって大変に申し訳ないのだが、悪巧みをすればすぐさま見抜かれてしまうと思われていた方が都合がいいのだ。おれが覚えている限りの原作ではこの混乱に乗じて王家を乗っ取ろうなどと企む輩はいなかったものの、せめて復興が落ち着くまで余計な茶々が入らぬよう牽制程度にでもなればいい。悪いことは出来ないのだと端から諦めてくれれば重畳。国内での諍いなどもう二度と見たくはないのだから。

悪意を持った『声』は何も内側からだけに潜んでるものではない。粗方の後始末が済んで海兵の姿も少なくなった今、クロコダイルによって傷ついた国をこの機に奪ってしまおうと考える賊も海の外からやってくる。相手の動きを先読みするなんて芸当はおれにはさっぱり出来そうにないが、幸いなことに、あるいは呪いのように、ちょうどアラバスタひとつ分を把握出来るほど範囲の広い察知能力は備わっていた。おかげで国内に悪意を持った人間が入り込めばすぐにそれが感じ取れる。どれだけの人数で、どれだけの実力で、どれだけの勢いで。それら全てが正確な情報として、頭の中に虫が入り込んだように鬱陶しく主張してくる。あまりにも規模が大きければもちろん国王軍にも手伝ってはもらうが、火事場泥棒なんて浅ましい真似をする輩は大概がさして力もない有象無象なのでどうにかおれ程度で対応できる範囲がほとんどだ。
まだ傷も癒えきっていない国を、だからこそ踏み荒らして奪おうなどという下衆を見過ごせるわけがない。いつかおれでは太刀打ちできない相手がやってくるかもしれないが、せめてその時までは戦える人々も平和の中にいてほしいのだ。
おれは全てを知っていて、何も出来なかった。この国が元の姿を取り戻せるまでは尽くしていきたい。手に負える範囲なら尚更だ。自己満足甚だしい考えではあるが、ただこの国のために動いている時だけが安心出来る時間なのだからおれは可能な限り動いていたい。働いていたい。みんながこの陰惨な出来事を、過去の話に出来る日まで。

とはいえもちろん、後暗さを隠すためだけに見聞色の覇気を使っているわけではない。素直に嬉しいと思えることもあった。
おれはどうやら、おれが思っていた以上におれが好きな人たちに好かれていたようなのだ。

まずはコブラ国王。原因は確実におれだが仲がいい兄弟ということはなかったし、ダンスパウダー事件の時など完全におれを疑っているかと思ったが、この人は最初から最後までおれを信じていてくれた。全て知っていて何もしなかったおれを許してくれた時も、忠告を聞いてやれなくてすまなかったと本心から悲しそうに謝罪してくれた。生きていてくれて嬉しいと、偽りなく喜んでくれた。おれが勝手に疎まれていると思っていただけで、この人はずっとおれに歩み寄ろうとしてくれていたのだ。最近は夜分に少し晩酌に付き合うこともあるが、その時なんて本当に浮かれたような『声』が伝わってくるので、聞いてるこちらが恥ずかしくなってしまうほど。

次にビビ。この子は本当に眩しいくらいまっすぐだ。おれが生きていてくれて嬉しい。酷い目に遭わされていたのを知って悔しい。二年前のあの日に信じていることを伝えられなくて悲しい。口から出る言葉と、心から聞こえてくる『声』が全て一致していて、一直線に胸に突き刺さってくる。どうしてこの子を疑ってしまったんだろうと自分が恥ずかしくなる。こんなにも素直に、純粋に、ありのままにおれを慕ってくれていたというのに。慕う価値もなかったおれを、こんなにも大事に思ってくれていたというのに。

それから、臣下や国民のみんなもそう。おれが大怪我を負ったことを、心底悲しんでくれた。疑ってしまって申し訳ないと、涙を流した謝罪も真実。帰ってきたことには、安堵と歓喜を伝えてくれた。
もちろん全員が全員そうとは言わない。もっとしっかりしてくれていればと責める心のものもいる。帰ってきて今度こそこの機に乗じて王座を乗っ取るのではないかと疑うものも。けれどそれは驚く程に少数だ。そしてその少数も、おれが自分の罪悪感のためにひたすら働いたり、疑われたくないし王様なんて出来るわけもないし原作通りビビが後継になってほしい一心で前々からやんわり辞意を示していた王位継承についても正式にぶん投げたところ、いつのまにか小さくなって消えていった。むしろ気になるのは不満や疑心よりも、バロックワークスの工作員を問答無用で打ち首にしまくったせいで恐怖を抱いているものの方が多いという点だが、それについては先の通り、多少恐怖による牽制も必要という結論で見ないふりをしている。

とにもかくにも思った以上に好かれていると知れただけで、おれはとても嬉しかった。居場所が出来たような気がして、さらにこの人たちのために尽くしたいと思った。
たまにその好意を利用して我儘を通してしまうこともあるが、それもこの国の人たちのためなのだから許してほしい。
大切に思ってもらっているのは重々承知しているので、みんなの言うことも聞くようにしている。働きすぎると周りが落ち着けないようなので、休憩や休暇も入れるようにした。3時のおやつを誰かと食べるのがこんなにも楽しみなのかとおれは初めて知ったのだ。

好かれていて嬉しい。大切に思ってもらえて嬉しい。
そう思えば思うだけ、もっと守れるものがあったのではないかと後悔もある。眠れなくなるほど恐怖と不安に襲われる日もある。けれどどうあがいたって終わってしまったものは取り戻せないのだ。だからおれは働くし戦うし、みんなと笑い合いたい。どうかおれを大事に思ってくれる人が幸せになってほしい。この国に生まれて良かったと思ってほしい。その手伝いが出来るなら、それはおれの幸せだ。おれはもうそれだけでいい。


    と、思っていたのだが。最近ちょっと、おや?と感じることがある。

ペルのことだ。
彼もまた、おれを純粋に慕ってくれていた。クロコダイルとの一戦で死にかけていたおれに、親とはぐれた子供のような必死さで呼びかけてくれた。爆発で遠くに飛ばされたのを迎えに行った時も、嬉しい嬉しいと言葉にしなくてもうるさいくらいに聞こえてきた。ビビと同じく、今まで疑って申し訳なかったなと思い、約束を破ったような形になってしまったので今後はちゃんと行く先を告げていくくらいはしようと反省した。要らないものを譲る程度の気持ちでおれはおれをペルに明け渡したが、彼はこんなにもおれを大事にしてくれていたのだ。
嬉しいな。おれもペルを大事にしよう。この子がもう二度と泣かなくて済むように、おれが出来ることを全部やってあげよう。

    と、思っていた。それは間違いない。今でも思っている。思っているのだが、最近ちょっと、おや?と感じてしまうのだ。


好意の種類は、もちろんひとつではない。家族や友人に対する愛情。目上の人に向ける敬意。あるいは不特定多数のものに向ける博愛。分類すれば数え切れないほど出てきそうなものだろうが、おれの中ではざっくり分けて2つだ。ライクとラブ。アガペーとエロス。つまりは性欲を抱かない好意と、性欲を抱く好意。

ペルがおれに向けている好意は、もしかしたら、いや勘違いであってほしいのだが、可能性として、性欲を抱いた好意、要するにラブやエロスの意味でおれを見ているのではないだろうかと感じてしまうのだ。

気付いた最初のきっかけは、おれとペルの怪我が癒えてきた頃、夜に部屋を訪ねてきたペルと少しだけ酒を交わしたときだ。疲れていたのかすぐに酔い始めたペルは、「またあなたがいなくなるのではないかと思うと不安で眠れない」と呟くので、その日はいつかのように一緒に寝た。
はずかしい、おそれおおい、もうしわけない、でもうれしい、あんしんする。複雑な感情がたくさん聞こえてきて、それでも嫌がる様子はなかったのでおれも嬉しくなって小さく縮こまるペルの身体を抱き寄せたのだ。ここにちゃんといるよ、もう勝手にどこにも行かないよ、という意思表示のつもりだったのだが、その瞬間ペルの方から、ぶわりと感情の波が押し寄せてきた。
言葉にするのがちょっと憚られるのだが、どきどきというか、きゅんきゅんというか、いやいっそむらむらというか、おおよそ親や友人には抱かないような感情の波だ。
不自然にならないよう慎重に、けれどすぐさま離れたが、その感情の波は消えたわけではなく朝までさざなみのように続いていた。そしてその日からしばらく経った今も、ベッドを共にしていない時にも、真昼間にも、ペルはおれにどきどききゅんきゅんむらむらしているのだ。


    なぜ?


最初は、単に触れられることに慣れていないのかと思った。ペルは真面目で実直だがまだ枯れるような年頃でもなく、真面目で実直だからこそ戯れに触れ合ったりすることも少ないのだろうと。だからこんなにも緊張をしたり、あるいは欲求が溜まっていてちょっとした接触にも過敏に反応してしまうのだと。
だがペルは、触れていないときにも同じような反応をすることもある。他愛もない話をしているときにも。おれをただ見ているだけのときにも。二人で同じ空間にいるだけのときにも。

それとなく恋人の存在を聞いたり、欲求不満なら解消できるよう風俗を勧めたこともある。すると悪いことは言っていないはずなのに、とても悲しい『声』が聞こえてくるのだ。思わず「ごめん」と謝ってしまうほど。
チャカやイガラム、他の兵士と談笑しているときには、不満そうな『声』が聞こえてくる。おれが兵士に混ざるのがわずらしいのかと思ったが、そのわりにおれが話しかけると一気に嬉しそうな『声』を出す。まるで自分だけに話しかけてほしいかのように。

勘違いであってほしいと願うからこそ、ペルに関しては他のものよりも細かく感じ取るようにしていたかもしれない。可能性を潰そうと、粗探しのように否定出来る部分を探していた。
だからこそ、どんどん確信が強まっていったのだ。ペルはおれを、性的な目で見ている。


だが、何故?
理由が分からない。相手はおれだ。ペルが好きになる理由などあるか?
確かに幼少時から甘やかしてきた自覚はある。ペルとビビはおれにとって特別だったのだ。『原作のキーマン』という、最低な『特別』。けれどペルのような実力者で、誠実で真面目な性格は、おれじゃなくても大事にしてもらえているはずだ。兵士の中にも憧れているものは多く、市民にも臣下にも慕われて、振り向いてもらおうと秋波を送る女性も多いことだろう。それは成長した今だからこそ、おれじゃなくてもいい話だ。

大事な時に不在で、役に立たなくて、戻ってきたと思えば使い古した雑巾みたいにボロボロで、しかも最近万が一の王位継承権すら放り捨てた年上のおっさん。まだ年若い女性なら、腐っても王族という立場に憧れることもあるだろう。ものの分別がつかず、優しくされただけで好きになってしまうこともあるだろう。
だがペルだ。相手はペル。精神的にも肉体的にも成熟し、自立心もあり、愛国心はあるものの権力に目が眩むような男でもない。だからこそ、そういう意味で好かれているという決定打に欠ける。おれの勘違いだろう。そうであってほしい。

だが、もし、万が一にも、本当にペルがおれのことを好きなら?

それは大きな過ちだ。目を覚まさせなければならない。あれは国の宝なのだ。身を呈して国を救った英雄。誠実で貞淑で、彼のために生きてくれるような女性と幸せにならなければならない男。おれになんか惚れたままではいけない。けれどおれになんか惚れるような男であるとも思えない。

だからこそおれは、チャカに相談を持ちかけた。
彼は仕事でもプライベートでもペルと親交が深い。好きな人がいるかどうか知っているかもしれないし、おれが聞けないペルの本心も理解しているだろうという可能性にかけたのだ。

ペルっておれのこと好きなのかな、という自意識過剰も甚だしく聞こえるおれの問いに対して、前触れもなく恋愛相談なぞを投げつけられたチャカの返事は、たったの一言。いや一文字。

「………は?」

という、たったそれだけ。
その、『思ってもいませんでした』という反応でおれはめちゃくちゃ恥ずかしくなると共に、やはりおれの勘違いである光明が見えてとてつもなく安堵した。そうだよなやっぱ意味わかんないよな!おれのことペルがそういう意味で好きだなんてありえないよな!と弁明しようとしたおれを、しかし留めたのは『意味がわからない』と言わんばかりに顔を顰めたチャカの、重苦しい言葉だった。


「私は、二人は既に、恋仲だとばかり…」


……………は????????????
それこそ意味が、わからんのですけど??????


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