ペル続々編 | ナノ


一難去って、また一難  




穏やかな目をするようになった。力を抜いて砕けた話し方をするようになった。実の兄を避けることもなくなり時折晩酌さえ共にする仲になった。国の外へ出ることよりも国の外の友人を招くことが多くなった。そしてなにより、よく笑うようになった。
全て王弟殿下であるマムシのことだ。

アラバスタを揺るがした国家転覆の危機から数ヶ月、復興のために慌ただしい日々を送っていたが彼に関する変化は明らかだった。身体は王族らしからぬほどボロボロになってしまったというのにその代わり何か憑き物が取れたように明るくなり、落ち着きを得て、そして恐ろしい程に全てを見透かしてしまうようになった。内乱後の混乱に乗じて反乱軍や国王軍に紛れ込んでしまったバロックワークスの輩を見抜き、何の問答もせずに首を刎ねたのもそう。内乱を知って火事場泥棒をせんとばかりに乗り込んできた海賊をいち早く察知して宮殿から飛び出していくのもそう。こちらが何かを言うよりも早く、心を読んだかのように欲しかった返答を寄越してくるのもそう。
その変化を、王弟殿下は悪魔に魂を売って力を得たのだと宣うものもいる。馬鹿げた話だが、確かに2年の不在から帰還したマムシは以前と比べても特段に強くなっており、そして読心術のような、並の人間では得られない能力さえ備わったのだからそう思ってしまうのも無理はないだろう。だがマムシがその悪魔のような力を使うのは全てアラバスタのためなのだから、何を恐れることがあろうか。
実際、マムシに直接強さの秘密を聞いたみたところ「うーん?まあこれは新世界だと常識みたいな力だしな…そのうちチャカにも備わったりするんじゃない?強さのインフレ補正とかで」と緩い口調での返答だったのでそう悪いものでは無いのだろう。インフレ補正というのがどういう意味なのかはよくわからなかったが、問いを重ねたところで適当な返事が重なることはわかっていたので深くは突っ込まなかった。

最近になってようやく知ったのだが、マムシという男は仕事は細すぎるほど細かく完璧に行おうとするが、自分のことに関してはことごとく雑なのだ。怪我をしていても動き回るし、次から次へと自分でやることを決めて寝食を疎かにするし、危険を伴うことにもずかずか足を踏み入れていくし、国民に混ざって雑用さえも行なうし。あまりに働き詰めなのでビビとペルが泣きながら引き留め、コブラ国王が拳骨を落として叱りつけなければあのまま過労死でもしてしまっていたのではないかと思うほど自分の扱いが雑なのだ。今は休憩の時間を決め、きちりとそれに沿って仕事を中断させているが、それですら決められたことだから従っているという素振りが強い。自分のことなど興味が無いのかと思わされるような男なのでマムシ自身のことを聞いても、仕事に関する細かさはどうしたと言いたいほどの適当さで返されるのだ。不在の2年間のことを聞いて、「なんか大体死にかけてた」の一言で終わらされたチャカは彼自身を知るにはかなりの労力と根気が必要だということを理解した。まあそれは今までと変わらないことのひとつではあるのだが。

自分を雑に扱うといえば、「王位には向いてない」と言い張って前々からやんわりと否定していた次期王座をドブに投げ捨てる勢いで正式に放棄したことについては臣下全員が慌てたものだ。
もちろんコブラ国王や、まだ王位につくには若すぎるビビも一緒になって引き留めたが、「おれはみんなが王族や臣下じゃなくてもみんなのことが好きだけど、みんなはおれが王位継承権なくなったら嫌いになる?」と問い掛けられて、否定しないものがいようか。当然全員が躾られたように「そんなことは!!」と揃って首を振っているうち、満足そうに頷いたマムシの手によりあれよあれよと正式な王位継承権の放棄が進められていた。恐ろしいことだ。好意と王位を放棄することとは全く論点が違うというのに、まるで傾国の美女が手のひらの上で馬鹿な君主を転がすように皆が皆マムシの言葉に従ってしまった。もちろんそれは、一番の味方であったはずの彼をクロコダイルによる奸計にまんまとはまって酷い目に合わせてしまった後暗さもあってのことだろうが。
後に深追いに深追いしてようやく聞き出した話によれば『こんなボロボロの身体ではレヴェリーに出るにもみっともない』『また有事の際に王位を狙われてると思われては困る』などというその場の全員がさらなる申し訳なさで号泣しかねない理由があったようで、結局彼の意思は固く、王位放棄は譲らなかったのだろうから、その場が通夜のような雰囲気にならないだけ良かったのだろう。

実を言うとチャカは、王位を放棄した理由の裏にペルの存在もあったのではないかと思っている。むしろそれが答えなのではないかとしつこいくらいに聞いた話の中に、結局は出て来なかったのだが、マムシが帰ってきてからずっと傍に侍っているペルとは2年前より先から寝所を共にする仲、つまり恋人同士のはずだ。実際チャカは以前一度二人の逢瀬に遭遇しているし、ペルに直接聞いても慌てて否定はされたが顔を真っ赤にしていたので秘密の関係ということだろう。確かにペルが小さな頃から可愛がられていることは周知の事実とはいえ、王族と臣下、それも子もなせない男同士だ。反発など必至で、もしかしたらコブラ国王でさえ首を振るかもしれない。
だが王位を放棄した今ならばそんなことは関係ないのだ。隠れてこそこそと逢瀬を重ねなくとも、堂々と関係を公表できる。今でも充分いちゃいちゃと触れ合ってはいるので気付いたものも多くいるとは思うが、誰も2人を阻みはしまい。なにせ1人は不遇な目に遭った王子で、1人は身を呈して国を救った守護神。2人が愛し合い共に歩むというなら、誰がその邪魔をしようか。唯一にして最大のしがらみが消え去った今ならばなんの遠慮もいらないはずだ。文句をいう輩がいるならば、チャカ自らお相手をするつもりである。人の恋路を邪魔するやつはなんとやら、だ。

まあとにもかくにも、国家転覆の阻止を経て帰還したマムシは困るところも頼りになるところも凄いところもパワーアップしていて、この人の思い通りにならないことなどないのではないかと恐れおののいていた、その矢先のことだ。
そんなスーパーマンが折り入って「ちょっと相談があるんだけど…」というものだから、頼られて嬉しくなりうきうきしてしまったのは仕方ないことだろう。まあそれも、相談の内容を耳にした瞬間に吹っ飛んでしまった感情だが。


「もしかしてペルって、おれのこと、好き、なのかな?ラブの意味で?」
「………は?」

臣下にあるまじき不敬な返事は許していただきたい。ちょっと、いやだいぶ、言ってる意味が分からなかったもので。


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