ペル続々編 | ナノ


雨降って地固まる  




アラバスタの夜は寒い。昼間と違い焼けるような日差しは隠れ、砂漠から運ばれてくる冷えた風がペルの赤く火照った頬を撫でていった。外の空気を吸うのは4日ぶりだ。4日もの間、ずっとペルは生きた心地がしなかった。

腕の中で糸が切れたようにマムシが意識を失い、それからずっと目を覚まさないまま4日。まだ最初の1日は良かった。医者を呼んで国王とビビに状況を説明して他の臣下とも口裏を合わせ賓客を穏便に帰らせるよう画策し拘束していた犯人の給仕を尋問してマムシが請け負っていた膨大な量の仕事を各々で分担して    気付けばあっという間に夜が明けていたので、不安や焦燥に押しつぶされずに済んだ。
けれど粗方後始末も済み、国王から「側にいてやってくれ」と命じられてからはまるで地獄のようだった。誰よりも近くで目覚めを待てるのは願ってもないことのはずなのに、手に触れても冷たく、顔色は人形のようで、話しかけても何一つ反応を見せない様をただ眺めているしか出来ないのは、あまりにも苦痛が過ぎたのだ。

「マムシさん」と何度呼びかけたかしれない。今日の天気はどうだとか、テラコッタさんがいつ起きてもいいように食事を用意して待っているとか、国王が執務に集中できないようだとか、チャカと顔を合わせる度に様子を聞かれて「変化がない」というのはもう辛いとか、あなたを叩いてしまったというのにイガラムさんから珍しくお怒りがなかったとか、そういう、些細な報告を何度も繰り返しする度に涙が溢れてくる。話しているのは自分ばかりで、うんともすんとも相槌が帰ってこない静かな空間が恐ろしかった。気が狂いそうなほど悲しかった。せめて気を引くような話題を出せればいいのに、彼が何を好むのか、何に興味を抱くのか、何ならばこの世に繋ぎ止める楔となるのか、ペルは何も知らない。幼い頃からずっと可愛がられていたはずなのに、可愛がられていただけのペルじゃ何も出来ない。せめて意識を取り戻す刺激になればと、不敬とは分かっていても手を握り、髪を撫で、足を揉んで、ひたすら話しかけ、話しかけることがなくなれば歌をうたった。マムシがいつか鼻歌でうたっていた、外の国の歌。音程はうろ覚えでさほど上手くもなかったが、何かをしていないと無力感に負けるのだ。自分以外に誰かがいればまだ保てる。ビビが泣きじゃくりながら「ねェ、このまま目を覚まさなかったらどうしよう」と訴えてきたときには、はっきりと「マムシ様は強いお方ですから、大丈夫ですよ」と答えることが出来た。けれど結局その言葉は自分自身に言い聞かせていただけで、このまま目を覚まさなかったらどうしようと思っていたのはペルも同じだ。ビビには「大丈夫ですよ」と言ったくせ、全く大丈夫ではなかったのは自分だ。どれだけ触れても話しかけても返ってこない反応の空虚さに打ちのめされていた。重苦しい沈黙に心臓がばくばくと脈打ち喉が渇き手足が震え、涙が溢れて止まらなくなる。子供のように「マムシさん、マムシさん」としつこく名前を呼んで、しんじゃいやだと駄々をこねた。叩いてごめんなさい、うそつきと罵ってごめんなさい、なんでもするから目を覚まして叱って、と懇願した。それでもマムシは目を覚まさない。地獄のような4日間。もちろん24時間ずっと侍っていたわけではない。ビビも国王もなるべくマムシの側にいたがったし、チャカやイガラムも自分を気遣って交代を請け負ってくれた。けれど普段感じている時間の何倍も、何十倍もの遅さで時の流れを感じた。この苦痛が永遠に続くのではないかと絶望した。少し身動ぎをするだけで起きたのではないかと期待する心が疲れた。食事がひどく億劫な行為に感じて、眠っているうちに容態が急変するのではないかと思うと仮眠中に何度も起きてしまう。目の前にマムシがいなくともふとした瞬間に涙が溢れ出てきて、彼が目を覚まさないだけでこんなにも辛いのなら、死んでしまったらそのまま心臓が止まるのではないかとすら思った。彼と自分の心臓が繋がっていればいいのにと馬鹿げたことすら考えた。そうではないから、こんなにも不安なのに。置いていかれることが、なによりも怖いのに。

そんな極限状態で4日間を過ごしていたものだから、ようやく目を覚ましたときに開口一番で「あれ?死んでない」などと、まるで生きていることがおかしいと言わんばかりの台詞を吐かれて溜まりに溜まった恐れが怒りに変換されてしまったのは、許されざることだとしても当然ではある。
皆がどれだけ心配したと。どれだけ不安に思ったと。どれだけ悔やんだと。
伝えたいと強く願った気持ちは上手く言葉にならず、あろうことか暴力と怒号でもって表わしてしまった。
諫言というにはあまりにも乱暴だ。不敬者とその場で首を刎ねられても文句は言えない。まして二度目だ。マムシが優しいから許してくれるなどと甘い考えはもっていない。このあとすぐに死罪となっても、死ぬより辛い想いをしたと伝えたかった。
守れなかったこと。助けられなかったこと。頼りにされなかったこと。「らくになりたい」と願わせるほど追い詰めてしまったこと。
情けなくて歯痒くて不甲斐ないくせ、どうして言ってくれなかったのかと責めたくもなる。苦しんでいることを少しでも口に出していてくれたら    それも全て、自分勝手な願いだ。わかっているのに責め立てる口は止まらず、突如として聞こえてきて叫喚に気付いて駆けつけてきたチャカとイガラムに引きずられるようにして部屋を出された。
「少し頭を冷やしてこい」と拳骨を頂くだけで拘束も罰も受けず放免を受けた理由を、イガラムは苦い顔で「マムシ様にはお前が必要なのだとコブラ様がいうものだから」と話してくれたが、必要なわけがない。必要とされているわけがない。ペルは結局、今までずっと、マムシに与えられるばかりで何も求めてはもらえなかったのだから。


    「彼を自由にしてあげたかった」。
マムシに傷をつけた給仕の供述だ。その動機を聞いた時、ペルの心に芽生えたのは紛れもない嫉妬心だった。見合い相手としてやってきた賓客を脅かして、見合い自体を無かったことにしようとした。だからナイフをあの少女に向けたら、マムシが身体を割り込ませてきたので刺してしまった。聞けばあまりにも杜撰な犯行だ。下手をすればその給仕一人の命では贖えないほどの国際問題にすら発展する可能性すらある。幼稚で、短絡的で、独りよがりの凶行。

なのに、ペルにはその心理がわかってしまう。

誰のものにもなってほしくなかった。好きなだけでよかったのに、幸せになってくれるなら納得もできたのに、国のためにまた身を捧げようとするから見ていられなかった。権力もコネもないけれど、あの少女より自分の方がよほど、彼を愛していた。

給仕が泣きながら訴えたそれは、ペルの心だ。言葉にも態度にも出すことは烏滸がましいと抑え付けていた心を、その給仕はいけないことだと知りつつ行動に移した。まさか無罪放免といくはずもないのに、彼を救いたいという一心でナイフを握った。そこにはもちろん利己的な考えもあったろう。手の届かない人が、せめて誰のものにもなってほしくないという願い。浅ましいと唾棄すべきなのに、ペルはあろうことか、羨ましいとすら思ってしまった。同じことをしたかったわけではない。ペルが守るべきは国だ。万が一にもこのアラバスタが不利益を被るような行為など、たとえ命を脅かされたとしても真っ先に死を選ぶだろう。
けれど、彼を愛していると、幸せになってほしいと、そう思っているのはペルとて同じだ。人の気持ちを比べることは出来ない。皆マムシを慕い、幸福を祈っているのは同じだ。実際、その給仕の尋問にあたった人間の全てが、行為を責めはしたが想いを否定することはなかった。彼を慕う皆が、彼の助けになりたいと願う。その気持ちは変わらないはずなのに、それでもペルは、打ち負かされたような気分だった。お前の気持ちは私より劣っていると言われたような気分だった。

結婚すると急に宣言されて、あからさま遠ざけられた時にペルはどうしたか。もっともらしい言い訳を自分に聞かせてマムシの指示に従った。
いつまでも誰のものにもならない人が、急に伴侶を選ぼうとしたことだけがショックだったのではない。自分の浅ましい想いを拒絶されたように感じたからだ。それまでずっと、しつこいくらいにつきまとっていたくせに。結局ペルはまた彼の一番辛い時期に見離したのだ。
意識を戻さないマムシを診た医者は、刺し傷だけが原因ではないと言った。過労と心労。食事も睡眠もあまりとった様子がない。少なくともこの数日は随分と無理をしていて、弱っていた身体に大量の出血が加わったので昏睡状態に陥ってしまったのだろうと。
それを聞いて、給仕の女の想いを知って、ペルは自分が情けなかった。幼い頃からの特別扱いに身を委ね、優しさや甘さを与えられるばかりで、求められないからと自分から動くこともなかった。悔しい。間違った罪をおかした女を羨んでしまう。口だけの献身が恥ずかしい。嫌われてでも、疎まれてでも、側にしがみついて無理矢理にでも休憩や休暇を取らせるべきだった。らくになりたいなどと、言わせずに済んだかもしれない。いきてるかちがないなどと、思わせずに済んだかもしれない。それがどうだ、ペルがマムシに与えたのは、ただの暴力だ。いっそ、誰も罰してくれないのならば、不敬を働いたこんな手など自ら切り落としてしまった方が    


「だめだよ、ペル」


声がして、ヒュゥッと喉が鳴った。聞こえるはずもない声だ。聞き間違えるはずもない、この4日間ずっと聞きたかった声。
幻聴かと疑いながらも声のした方を振り向けば、部屋着姿のままブランケットを肩に羽織りながら立っていたのは、やはり、マムシその人だった。

「……ど、っ…!!!」
「あ、待って待って、ちゃんと国王様には言って出てきたから」

外の空気が吸いたくて、と呑気に笑ったマムシは、幻聴でも幻覚でもないようだ。4日間も意識を失っていたとは思えないほどいつも通りで、もしや悪い夢でも見ていたのかと勘違いしてしまいそうになる。そんなはずはない。薄手のシャツをめくれば傷を覆う包帯が幾重にも巻かれているだろうし、顔も身体もやつれて、近くの手すりに腰掛けようと動いた足はがふらついて見えた。当たり前だ。刺されて、おびただしいほどの血を流し、過労も合わせて4日間意識がなかったのだ。本来なら目覚めたばかりの今、出歩いていいはずもないというのに、この人はまた、どうして、誰の忠告も聞かずに、国王はなぜ止めてくれなかったのか、途中で倒れでもしたらどうする、そもそも外の空気なんて部屋の窓を開ければいくらでも!!!!!

「……いや、ごめん、お叱りはもっともなんだけど、ペルがどっか行こうとしてたから、会いたくて」
「………おれ、が?」
「うん、ペルに会いたくて」

単純だ。馬鹿げている。臣下としても彼を慕う人間としても進言することはたくさんあったはずなのに、その一言で怒りも悲しみも霧散してしまう。「お呼び立て頂ければ、おれから向かいました」。伝えた言葉が震えてしまって恥ずかしい。

「まあ、何日も寝てたから体もなまってるし、散歩ついでにな」
「いけません、供もつけないで、途中で倒れでもしたら……」
「うん、だからちょっと、付き合ってくれるか?」
「え」
「だめかな?おれが部屋に戻るまで、供をしてほしい」

だめなはずがない。緩みそうになる顔を引き締めるのに苦心するほどだ。「少しですよ」とさも渋々承諾したように見せれば、マムシはまだ少し青ざめている顔で笑って、手招きをした。近くにこいと呼ばれるだけでこんなにも嬉しい。話さなくてはいけないこともっとたくさんあるのに、いつものように会話が出来る幸せが核心にふれようとする決心を鈍らせる。

「…中に入りましょう、ここは冷えますから」
「部屋が暑くて火照ってるんだ。もう少しだけ」
「だめです」
「なんだ、ペルも冷えてるじゃないか。どこに行こうとしてたんだ?」
「おれは……ただ、頭を、冷やしていただけで」
「……そうか、おいで」

確かに、握られた手がマムシの温度を奪ってしまうほどペルの体温の方が低い。引き寄せられてブランケットの中に巻き込まれ、密着する身体と近くなった顔にぶわりと血の巡りが早くなったのがなんとも現金だ。「だ、だめです」と抵抗するも自分でわかるほど弱々しく、「少しだけ」と誘うマムシをずるく思った。ひどい人だ。きっと、こうすれば何も言えなくなると知っているに違いない。そう考えるとこちらの顔を覗き込んでいる穏やかな笑顔も憎らしくなって、ペルの心はささくれた。もしまた謁見が許されたら、どう謝ろうか、どう声をかけようか、どう懇願しようか、イガラムに頭を冷やしてこいといわれてからずっと宮殿の外をうろついて考えていたのに。

「…謝りませんからね、おれは」

怒られるのは怖い。嫌われのはもっと怖い。けれど今回ばかりは非を認めたくはない。不敬だと責められるなら死罪さえ甘んじて受けよう。けれど、自分が悪いと言ってしまったら、マムシはまた同じことを繰り返してしまうような気がした。この顔を見ろ。絶対に悪びれていないではないか。ペルは怒りも悲しみも不安も情けなさも恥も恐れも絶望も味わって、そのたくさんの感情にずっと振り回されていた。なのにマムシは知らん顔だ。ずるい。ひどい。優しいのは上辺ばかり。なんて傍若無人なひと。

「……なんだ、何でも言う事聞くって言ってくれるかと思ってた」
「え」
「そしたら、背中に乗せて飛んでもらおうかなと思ってたのに」
「えっ」

なんと言われるか心臓を激しく脈打たせていたペルに、返ってきたのはイタズラっぽく笑う声だ。背中に乗せて飛ぶなどと、マムシはそんな願望を一度もペルに伝えてきたことはない。幼いビビには何度もねだられた。危ないからと余程のことがない限り禁じられたそれを、マムシも体験してみたかったのだろうか。ペルだけがマムシにしてやれることはあったというのか。浮き足立って、なんでもいうことききます、と言おうとしたペルに、しかしマムシは「冗談だよ」と笑った。残酷だ。弄ばれている。望むならばなんだってしたいと、ペルはずっと思っていたし、伝えてきたはずだ。それをマムシは全く理解していないらしい。

「ああ、ごめん。ペル、ふざけすぎた」
「もうマムシさんのことなんか知りません…」
「許してくれ。何でも言うことを聞くべきなのはおれの方だよな。迷惑かけた。心配させてごめん。一人で勝手に考え込みすぎて、ペルをおざなりにした」
「…ちがいます、ちがう、おれは…、おれが、情けなくて…」
「そんなことない。ペルが叱ってくれなかったら、おれは血迷ったまま死んでたよ」
「やめてください…死ぬなんて、そんな…」
「うん、ありがとな」
「ちがうんです…おれが、いやで、でも、どうしたら」
「ごめん、辛かったな。おれが悪いんだ、悩まなくていいから」

ぎゅうぎゅうと抱きしめてくれる腕が暖かい。一本しかないのに力強くて、一本しかないのが寂しかった。失われた片腕の分を補うようにペルが両方の腕で抱きしめ返せば、それが正しいというようにすり寄せられたマムシの頬が頭を撫でてくれる。

「おれは、おれは…あなたが望むなら、なんだって、してさしあげたいと思ってました」
「…うん」
「なにを犠牲にしたとしても、なにを敵に回したとしても、あなたが望むなら、それに応えようと」
「…うん」
「……護衛隊としての責務からではありません。個人的な、感情です」
「………」
「お慕いしておりました。ずっと前から、あなたのことが、好きでした。今もそうです。変わらず、分不相応な想いを、あなたに抱いています。これからも、あなたが、妻を迎えたと、しても、きっと、一生」
「…うん」
「あなたに必要とされたい。あなたの特別でありたい。あなたと、ともに、いきていきたい。ずっと、死ぬまで、そう想っています」

言葉にするつもりのなかった感情を、喉の奥から捻り出してぶちまけた。一欠片口にしてしまえばとめどなく溢れてきて、感情の昂りが抑えられない。「好きです。ずっと。なんでもしてさしあげたい。なんだって、されたい」。懇願をする。浅ましい感情だ。けれど知って欲しかった。こんなにも想っているのだと、思い知らせたかった。価値がないなどという勘違いを二度と口に出しようがないほどに。

「……お前は国の宝なんだから、こんなおじさんを相手にするなんて勿体ないことだと思うよ」

少しの逡巡をおいて寄越された返答は、体良く拒まれているのだと感じた。
だってそうだろう。王族であるマムシを相手に不純な気持ちを抱いておいて、不敬を咎められるならばまだしも、勿体ないなどとは道理の通らない話だ。ペルを傷付けないように柔らかい言葉を選んで拒絶を示してくれているのだと思った。いっそ、身の程知らずだと叱りつけられた方がまだ諦めがつくというのに、彼の優しくて、卑屈で、ペルを絶対に否定しないところは、毒ですらある。

国の宝だなんて、それこそ勿体ないお言葉です。
あなたは高貴な生まれでこの国にとっても大事な方なのですから、『こんなおじさん』などとおっしゃるのはやめてください。
私の想いが迷惑だというのなら、はっきりとそうおっしゃってくださればいいのに。
あのとき、全部あげると言ってくださったはずなのに、うそつき。うそつき。うそつき!

言いたいことはたくさんあって、けれどそのひとつとして音にはならなかった。喉を焼かれたみたいに苦しくてなにも言えなくなってしまったペルは、抱きしめていた手を伸ばしてマムシの袖を掴む。彼の左腕が通るはずの袖は、中身がなくてすかすかだ。クロコダイルとの一戦で失った腕。守りたかったのに、守ることが使命だったのに、ペルの知らないところでマムシはその腕を無くす羽目になった。腕だけではない。左目は潰れ、残った右目の視力も随分と衰えている。全身は切り傷や火傷の痕だらけで、この2年間、姿を消していた彼がどんな目に遭っていたかなど、その様子を見れば一目瞭然だ。不甲斐なくて泣いたペルに、マムシは「いいんだよ、得たものも大きい」と言って笑った。2年ぶりに会ったマムシは、どこか変わったように思う。昔からペルには優しかったが、本心に踏み込ませないような硬質な雰囲気が無くなり、穏やかになった。声を上げて笑うようになったし、冗談を言うようにもなった。以前よりずっと親しみやすくなり、ペル以外の臣下とも交流を持つようになったのは良いことなのだろう。それが寂しいと思うなど、身の程知らずだと分かっている。それでもことマムシに関して制御の効かない感情は、焦燥と嫉妬を生んでペルを逸らせた。屁理屈をこねて建前を繕って理由を探して誰よりも彼の側にいようとした心理など、きっと彼には見抜かれていたのだろう。
ペルが付きまとうたび困ったように笑う表情には気付いていたけれど、何も言われないのをいいことに知らないふりをしていた。護衛兵だから、王族である彼の側につくのは当然のこと。二度と傷付くことがないように、お守りするのが当然のこと。置いていかないと約束してもらったから、置いていかれないようについていくのが当然のこと。そんなふうに言い訳を並べても、結局はペルが彼の傍に居たかっただけの話だ。

「い、い、いや、です、おいてかないで…」

とうとうぼろりと涙をこぼしたペルに、マムシは溜息を吐いた。呆れられたのだろうか。怖くて顔があげられない。目が溶けてしまったかのように熱くて、空いている手で拭っても拭っても次から次へと溢れてきて止まらなかった。

「ペル、こっちみて」
「や…」
「こすらないの。傷付いちゃうだろ」

抱きしめられていた手が離れて、ペルの手をとった。押し付け合うように密着していた身体に少し隙間が空いて、そこがとても寒く感じる。いやだ。離れたくない。離してほしくない。首を振ったペルの顎はマムシに掴まれて、視力が落ちているはずの右目がじっとペルの目を見た。全てを受け入れるような、それでいて全てを見透かすような不思議な眼差しに、心を射抜かれてしまう。

「あのな、最後まで聞いて」
「…や…」
「傷付けることは言わないよ」
「うそです、だって、」
「王位継承権は捨てた。結婚する気も失せたし、あんなことがあったんだから一生嫁はいらないですって言ってもみんな許してくれるだろ」

だから別に男の臣下と付き合っても問題ないはずだ。
そうマムシの口から言葉が紡がれて、ペルは最初、何を言われているのかわからなかった。呆然しながら、その続きを待つしか出来ない。

「…一生、好きでいてくれるなら、おれはそれに応えなくちゃ」
「あ、え?」
「………おれもね、ペルが好きだよ」
「ぇ…?」
「好き同士、お付き合いしませんか」
「………えっ?」

何を言われているのかわからない。
けれど、「はいって言って」とねだられたので、ペルはすぐさま「はい」と返事をした。彼の望むことは、なんだってしてやりたかったので。


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