くっっっっそ怒られたんだが。
成人男性でこんな怒られることある?ってほど怒られた…。びっくりした…。
大勢に囲まれて何言ってるかわからないほど怒鳴られることなんか前の職場ですら無かったし、ちょっと数日生死の境を彷徨ったあと目を覚まして「あれ?死んでない」ってうっかり呟いただけで「いい加減にしろォ!!」って渾身のビンタ受けたことも職場と言わず人生のどこの期間を切り取っても無かったよ。
そんな怒る?大丈夫?頭の血管切れない?って逆に落ち着いてしまった……。いやしっかり寝て頭痛が落ち着いたせいか、見聞色の覇気も働くようになってみんながおれを不甲斐ないと責めてるのではなくて心配から声を荒げているのだと理解できたせいもあるかもしれないけど。
申し訳ないことをしたな、とは思う。
おれが応急手当てを受け終えた瞬間くらいに意識を失ってそのまま数日昏睡状態に陥ったのは、あの給仕から受けた刺し傷だけが原因ではない。過労に伴う睡眠不足、自律神経の乱れからくる頭痛や食欲不振。要は自己管理が出来ていないボロボロの状態で気を失ったものだから、ここぞとばかりにぐっすりと眠ってしまったというだけの話だ。おれからしたらお恥ずかしい限りなのだが、誰かが刺されるのも過労で倒れるのも慣れていないであろう宮殿内の人間は上から下までの大騒ぎで、ましておれが「つかれためんどいしにたい」とぼやいたもんだから「だから休み休み働けと言ったでしょうが!!!」とごもっともなお叱りを受けるはめになってしまった。その通りです。ごめんなさい。少なくとも働くペースを調整していれば意識を失うことはなかった。アラバスタに戻れなかった二年間で刺し傷には慣れて いやこれは口に出したらまた泣く人がいるから言わんけど。
ともかく、しっかり睡眠をとって体調は戻った。刺し傷も出血は多かったが手当てが間に合って命に関わるほどではない。となればおれがやることはひとつだ。仕事。おれが寝こけてたせいで遅れているであろう仕事。後回しにされている仕事。やる予定だった仕事。体調不良で急に倒れたという理由で無理矢理帰らせたというあの見合い相手の親子にも詫びの連絡を入れないといけないし、他にも声をかけていたご令嬢達に婚活一時中断の知らせを入れなくてはならない。件の給仕の始末はおれが寝ている間に処分が決まったらしく、誰も彼もが言葉を濁すので追求こそしないが、それを抜いても課題は沢山だ。ぐっすり寝かせてもらったし、その分は取り戻さなくては。
と、張り切っていたのだが。
「…まーだわかっとらんようだなァ………?」
「いたたたいたいいたいいたいです国王様」
目が覚めて医者の診断も済み、見舞いに殺到したみんなが帰っていって賑やかだった部屋がおれと国王様だけになったので、少し話をしたあと「もう明日からはまたいつものように仕事に戻りますよ」という宣言の「仕事」のあたりで食い気味に国王様からアイアンクローを賜ってしまった。めっちゃ怒っとる。こわ。
「かったい頭をしおって…!こっちの手の方が痛むわ!」
「大丈夫ですか?医者呼びます?」
「………フゥーーーーーーー」
めっちゃ大きな溜息吐かれた…。呆れられてる…。ヤダァ……。
「お前のその気遣いは…自分に向けられんのか」
「だいぶ休ませて頂きましたよ」
「倒れたのは休んだとは言わん!!!」
「こえおっきい……」
「言うことをなんも聞いとらん誰かさんのせいでなァ!!!」
「ひたいれふ」
攻撃対象が頭から頬に変わり、力一杯ぎりぎりと皮膚を引っ張られてはまともに喋れない。「一週間は絶対安静!」「回復しても始めるのはリハビリからだ!」「お前の受け持っている仕事は分配する!」「見合いも禁止!!」先程集まってきていた人達から口々に言われたことを再度まとめて言いつけられて、はいもいいえも返せずにいる。
「わかったか!?」
「…でも、」
「でもじゃない!」
「ひたいれふ…」
返事をさせるために頬から離れた手が、口答えをした瞬間に戻ってくる。はいかイエスしか許されなさそうな雰囲気に、しかしおれは頷くわけにはいかなかった。仕事も結婚も出来ないのであれば、おれはどうやってこのアラバスタで生きていけばいいのか。
「……お前がまず優先的に解決することは、自分の体調の管理だ」
「ほぁ…」
「もう、二度と、医者から『過労もあったと思います』などと聞かせてくれるな」
「ふぃ…」
「…お前が、未来を知っていて何も出来なかったという負い目だけでアラバスタに尽くしているとは思わんが…」
「……ぬ…」
「アラバスタのためを思うのなら、ちゃんと周りの気持ちも受け入れてやれ」
「…んん……」
「お前が言ったのだろう、王位継承権なぞなくともみんなお前を好きなままだと」
「………」
「返事は?」
引っ張られすぎて赤くなっているだろう頬からそっと手が離れていって、厳かな声が「はい」と頷くことを促してくる。有無を言わせないそれにおれが出来るのは従うことだけで、求められるまま了承の返事をした。満足げに笑った国王様は、抓ってきていた手でおれの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。こんな風に褒められるのはいつぶりだろう。おれがこの世に産まれ直して幾年も経たなかった頃は、なにかと触れにきていた。今思えば、『お兄ちゃん』をしたかったのだろうなとわかる。そんなことも察せずに自分のことだけでいっぱいいっぱいだったおれは、人生も二度目だというのに上手くやれないことばかりだ。人格、威厳、器の違い。持って生まれたものの差があまりにも大きすぎて、自分がどうしようもなくちっぽけに見える。
「…それから、ペルの気持ちも聞いてやるのだぞ」
「……っお゛あ゛あ゛あ゛……!!!」
「なんて声を出すんだ」
そう……ペル…そう……。いや忘れてたわけじゃなくてただ考えないようにしてただけだけど……泣いてたんだよあの子〜…。泣かせたんだよおれが…。ビンタして叱られたし、うそつきって言われてしまったし、くっそ情けない弱音吐いてたのも聞かれてたみたいだし、それを国王様とビビに報告したのもペルみたいだし、絶対見放されたって。
しかも起きて早々「あれ?死んでない」と呟いたおれに「いい加減にしろォ!!」って渾身のビンタかましたの誰だと思う?答えはね、ペル〜〜〜!!!
眠っている間ずっと近くで警備していてくれたらしく、目が合った途端安堵したように微笑んだ顔が瞬く間に修羅もかくやという表情に変わった瞬間はめちゃくちゃ怖かった。もはや敬語すらなくなった怒声に気付いてみんなが集まってきたので、おれの胸ぐらを掴んでいたペルも「怪我人なのだから!」「また回復した後で!」と引きずられていったが、もしかしてまた改めてビンタされるの?幼少時のビビでさえ一回叩いただけで大問題みたいな空気になってたのにおれは適用されない感じ?あらァ…そう…。まあみんなに心配どころか迷惑をかけた身ですしね…。なによりおれですからね…。
「おれは情けない…あの子にあんな態度をとらせるなんて…」
「ビビの幼い頃と同じ怒られ方をしたんだぞお前は」
知ってます〜〜〜!
臣下という立場をちゃんとわきまえているペルが、それでも王女であるビビに手を上げたのはペルの心からの忠誠心を表した印象的なエピソードだ。その場のいたわけではないおれが知ってるとは言えず、まして『読んだ』などと明かせるはずもない。先程駆けつけてびぃびぃ泣いていったビビにも去り際に「ペルに叱られたんでしょう?昔の私とお揃いよ!怒らないであげてね」とイタズラっぽく笑われたが曖昧な笑いしか返せなかった。というか小さな子どもと怒られ方が同じって。いよいよ呆れられても仕方ない。
恋愛感情が失せていくのは大歓迎なのだが、好意までは失いたくないという身勝手がおれに罰を与えたのだろうか。アラバスタのためなんて周囲にはうそぶいておいて、結局は自分本位な考えで行動した罰だ。何もかもうまくいかなかった上、長年勤めていた女中を凶行に至らせ、さらにはこんな男を慕ってくれていた子どもへ失望さえ与えた。なんてひどい結末だろう。あまりにも情けなく、あまりにも身勝手だ。それでもまだ、できることなら慕われていたいなどと、馬鹿げたことを思っている。都合のいいことばかり言うなと自分でも鼻で笑いたくなるが、嫌われたくないのだ。突き放そうとしたのはおれのくせ、ペルに距離を置かれるのは辛い。だから何も気付かないふりで、きちんとあの子の気持ちを受け止めて断るということもせずに他の誰かと結婚するなどという選択をした。
「…ペル自身はお前に手を上げたことに関して死罪でも構わないと言っていたが、不問にしたぞ」
「はい…」
「ペルがいなければ、お前を失うところだった」
「はい…」
疲労と睡眠不足と見合いが思うように進まない焦りでめちゃくちゃ弱気になっていたおれは、ペルの泣いてる姿を見ていなければおそらく死に際の全力を使ってチャカとペルを足止めしてそのまま生き絶えていたと思う。護衛隊である二人にとってはとても嫌な死に方だったことだろう。見殺しにした責任を取らされていたかもしれないと考えると、ペルに喝を入れてもらって本当によかった。なので、おれを叩いたとか殴ったとか罵倒したとか、そんなのは咎めるまでもない瑣末なことだ。ただおれは、あのペルが手をあげるほどに怒らせて、泣かせてしまった事実というのがなによりも心苦しい。そしてその失態により嫌われてしまったかと思うと、出来れば顔を合わせたくないなと現実逃避してしまうほど怖い。
「…そこまで思い悩むほど大事な存在であれば、もう泣かせてやるなよ」
「泣くとかより…嫌われてませんかね…」
「本人に直接聞けばいいだろう」
「う゛ぁ゛ん゛……」
「情けない声を出すな!まったく、他の言うことは全く聞かんくせしてペルの一言にはそんなに怯えるのか」
「だって……」
「そんなにも特別だというなら、お前の隣にいさせるのが誰にした方がいいのかなど答えが出るだろう」
「それは……ちょっと………違うじゃないっスか…」
「私は賛成だがなァ?またお前が馬鹿をやらないよう見張っててもらおうではないか」
「そんな…そんな理由で…あの子の将来を…」
「ペルをまだ子供だとでも思っているのか?もう33だぞ。いい歳だ。」
「おれにとって…ペルはペルなんで…」
「子供扱いもいい加減にしてやれ。その調子ではまた泣かせることになるぞ」
今回だけじゃない。誰の護衛も必要ないと一人で海を渡っていた時も、ダンスパウダーの件で疑いを向けられて失踪した時も、帰ってきたかと思えば腕も目も片方無くしていた時も、良かれと思っていた行動で散々悲しませていたと指摘されては返す言葉もない。「う゛ぅ゛ん゛」とまた唸って抱えた頭を、国王様はべちべちと容赦なく叩いた。やめていじめないで。ちょっと面白がってるでしょあなた。『声』が聴こえてきてんですからね。
「悩むな悩むな。お前が考え込むとろくなことがない」
「だって……」
「ペルを幸せにしてやりたいというなら、本人に何をしてやればいいか聞いてみろ。それを叶えてやればいい」
考えるな、ともう一度念押しされて、ふとあの給仕の女性を思い出してしまう。おれのためだと言って見合い相手にナイフを向けた女性。衆人環視の中であんなことをすれば逃げられるはずもないのに、罰を負ってでもおれを解放しようとした行為は決して正しくはないが、彼女の愛情は確かに存在していたのだと思う。誰かを想って身を捧げることが愛ならば おれがペルにしてやれることは。