ペル続編 | ナノ


不明瞭なあなた  




「マムシ様!また御無理をなさって…!」
「じっとしてる方が気が狂いそうだ。お前だって人のことは言えないだろ?チャカ」

腕を失い、おびただしいほどの血を流したのはつい昨日のことだと言うのに、早々にベッドから抜け出して人々の復興の為に動き回っているマムシを見つけチャカは駆け寄った。怪我の状態が心配で様子を伺いに行った朝方、既に寝室はもぬけの殻。慌てて国王に伝えれば「少しでも皆の役に立ちたいのだと明け方から出て行った。私の言うことなんぞてんで聞かん!頑固で落ち着きがないのはビビそっくりだ!」と怒ったような口調で、しかし顔は嬉しそうに笑っていたのでそう悪い状態でもないのだろうが、あの壮絶な一戦を見た後では心配するなというのも無理な話である。なによりチャカとて、クロコダイルの強さを肌身で感じた一人なのだ。命も身体も、全て投げ出すような戦い方をして、案の定五体満足にはいられなかったマムシを心配しないという方がおかしい。欠けた左腕、全身のあらゆる部分に痛々しく巻かれた包帯、そしてこの2年間の人知れぬ苦痛を表したかのような数多の傷跡が、チャカの護衛隊としての自負を刺激する。もっと自分が強ければという悔いは、おそらく自分だけのものではなく、口に出したところで何が変わるというわけでもない。だが守れなかった分、せめてもうこれ以上苦しい思いをしなくていいよう安静にしてほしいというのに、マムシは意に介した様子もなく歩き回り、復興に動く国民に足りない資材を聞いたり、傷ついた兵士の慰問に回ったり、あるいは近隣諸国から届いた物資や人材を確認したりと足を止める様子はない。一人にさせるわけにもいかず着いていけば、「無理はするなよ、手酷くやられたんだから」とチャカの方こそ言いたい台詞を言われ、「そのお言葉そっくりそのままお返しします」と返事をしたものの、ちょうどマムシ宛に電伝虫の連絡が入ってマムシの耳に入ったかどうかは定かではない。しかし電伝虫の先はマムシが以前懇意にしていた近隣の王子らしく、電伝虫にマムシが出るなり『無実の罪で疑って悪かった』『お前を信じてやらなかった自分が恥ずかしい』『生きていてくれて本当に良かった』『詫びにもならないと思うが、物資と人手を送りたい』というようなことを泣きながら話し、特に『大怪我を負ったそうで、どうか無理せず安静にしてくれ』ということは何度も何度も泣きじゃくりながら伝えていたので、チャカが言いたいことは代弁してもらったようなものだろう。苦笑いしながら「うん、はい、大丈夫だよ、ありがと、はーーい」と軽い相槌を打っていたマムシにその必死の訴えがどこまで通じているかは、わからないが。



「すごいな、聞いてたか?物資や金銭だけじゃなくって、医者に大工に炊き出しのためのコックまで手配してくれるらしい。明日には国境あたりに着くそうだから、迎えを出さなくちゃな」
「マムシ様の人望あっての助けでしょう。アラバスタを憂いてというよりも、あなたの力になりたいと直接掛け合ってくる他国のものも多い。『外交官』として、方方と友好を深めてくださっていたおかげです」
「……そんなつもりじゃあなかったんだけどな」
「見返りを狙ったわけではない、その姿勢こそが相手方の心に響いたのでしょう」

ふらふら出歩いて遊んでいるだけの放蕩息子だ、と言い張っていたのは、周囲の誰よりマムシ本人だ。例えそれが真実だったとしても、その放蕩が今アラバスタの復興に役立っているのだから実際のところなどどうだっていい。「あなたのおかげで、明日復興に必要な物資や人材が届く。その結果が全てです」と言い張ったチャカを、マムシは困ったような、戸惑ったような、眩しいものに目を向けるような顔で見た。

「…その言葉が、嘘やお世辞じゃないって今ならわかるんだ」
「まさか、ずっと疑っていたんですか?ひどい話ですね」
「うん、ごめんな」

疑っていたことを隠しもしない謝罪に、軽口を叩いたつもりのチャカの方が面食らってしまう。今までのマムシなら、よそよそしい態度で平然とよそよそしくないと言わんばかりの言葉を吐いた。相手を気遣っているように見せかけ遠ざけて、自分の腹の内を一切見せなかった。それが今はどうだろうか。チャカをまっすぐに見て、自分の非を認め謝罪した。思わず息を呑む。ずっと、不思議なくらい隠されてきた彼自身が、初めて目の前に現れてきてくれたような気がしたのだ。

「いえ、あの、別に、責めているわけでは…」
「知ってるよ。ただ一度、謝りたかっただけだ。お前だってちゃんと、戦ってくれた一人なのに…あの二人だけじゃないって、どうして忘れていたんだろ」
「マムシ様…?」

神妙な口調で呟かれた言葉が何のことを示しているのかはわからないが、「あの二人」、がビビとペルを指しているということはわかる。マムシの特別。小さな頃から、溺愛と言っていいほど可愛がってきた二人。命の危険を顧みずクロコダイルに立ち向かい、最後まで諦めずに見事アラバスタを救ったビビ。そして、アラバスタを壊滅的に追い込むため設置された爆弾を、その身を挺して排除したペル。

ペルの最期を人伝に聞いたとき、チャカはショックを受けると同時に誇らしく思い、そして思わずマムシがこのことを既に知っているのかどうか聞いた。聞いてどうしたかったのかはわからない。隠そうとしたのか、あるいは慰めようとしたのか。ただチャカ自身実感の湧かないペルの死を知って、マムシの顔が思い浮かんだのだ。
その当のマムシはといえば、既にビビから直接ペルの死を聞いていて、反応といえば、「そう」の一言だったらしい。泣きじゃくるビビに、大丈夫だよペルは鳥なんだから爆発する前にちゃんと離れたよ、爆風で吹き飛ばされたかもしれないけどちゃんと生きてるよ、と下手くそな慰めをしていたと聞き、それは慰めではなく、マムシ自身が受け入れられないだけではないかと思った。

死体もなく、死んだ形跡すら吹き飛ばされ、ただ死んだという状況証拠だけが残っている。信じられないのはチャカとて同じだ。誰が死んでもおかしくないあの騒乱の中で、それでもペルが死んだという知らせに涙も出ない。
マムシも同じではないだろうか。受け入れられず、現実を否定して、深い悲しみに心が壊れてしまうのを無意識に避けているのではないだろうか。そう思うと急に目の前の男を守ってやりたい気持ちが湧き上がってきて、チャカは口を開いた。

「マムシ様、ペルは    
「さあ!喋ってばかりいないでやることやらなくちゃな。当面の物資と食料はどうにかなりそうだし、クロコダイルの財産も早めに差し押さえないと火事場泥棒が出るだろうから急ぐぞ。あとはあいつを七武海に任命した政府からもいくらか見舞金をふんだく…いや、頂こう。あ、後で反乱軍と国王軍、動けるやつは全員一ヶ所に集めといてくれ。場が混乱してたのをいいことに、このままアラバスタに住み着こうとしてるバロックワークスの輩がいる。人の国に潜り込んでめちゃくちゃした挙句、計画が潰えたらそのまま馴染もうなんて馬鹿なこと、見逃せないよな」

チャカの言葉を遮るように、殊更大きな声を出して復興のための計画を示したマムシは、もしかしたらもう全てわかっているのかもしれない。チャカは自分でも何を言おうとしたのかわからないまま開いた口を一度閉じて、何も言いかけてなどいなかったかのように「おっしゃる通りに」と頷いた。マムシは満足したように笑っている。それでいい。失うものの多い2年間だった。彼にはもう、何も失わせたくない。たとえそれが、仮初の慰めだとしても。

「よし、ビビの立志式までにはあらかた終わらせるぞ。チャカ、お前は無理しない程度に手伝ってくれ」
「もちろんです。マムシ様こそ、部屋でゆっくり私の働きっぷりを眺めてくださってもいいんですよ?立志式のスピーチも考えなくてはならんでしょう」
「それも魅力的な提案だけど…残念ながら、おれは立志式には出ないよ」

大事な用があるんだ、と笑うマムシには、チャカは今日だけで何回も驚かされている。あれだけ溺愛していた姪の立志式に出席せず、何を優先することがあるというのか。出席しないというなら、何故立志式までにあらかた終わらせると言ったのか。呆気にとられた顔で「何故」と口に出したチャカを見て、マムシは笑った。イタズラを企むこどものような、純粋で無邪気な顔だった。

「決まってるだろ?

     ペルを迎えにいくのさ!」


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