あたまのなかがざわざわする。
さっきまで澄んだようにクロコダイル以外の全てが消えていた世界に、たくさんの声がなだれ込んできてざわざわと音を立てる。怒りと悲しみと憎悪。みんな苦しんでるのは何故だろうか。そうだ、内乱の真っ只中だった。ビビが悲しんでる。国王様が憤ってる。チャカが悔しがってる。もうすぐ終わるよ、大丈夫だよ、と伝えてあげられたらいいのだろうけど、生憎口を開く余裕がない。随分と無理をしすぎた。左手を掴まれたから枯らされる前に切り落としてしまったし、鉤爪で頭を思い切り殴られて目眩と寒気がおさまらない。一発はくれてやった。二、三発ダメージを与えることが出来た。大満足。あとは死ぬのを待つだけ。なのに頭の中に響くたくさんの声が、静かに眠ることを許してくれない。周りが残業してる中一人だけ帰るのが申し訳なくて余分な仕事までやっていた社畜時代を思い出す。余分な仕事をしているうちに任される仕事が増えていって、やがてどれだけこなしても終わることがなくなってしまった。終電で帰ったり、職場に泊まり込んだり、それでも給料が増えるわけでも上司が褒めてくれるわけでもなくて、なんのために頑張ってるのかもわからなかった。疲れ果てて真夜中に帰宅する最中、道路を猛スピードで駆ける車がこちらに向かってくるのを見たとき、おれは「轢かれたら明日会社に行かなくて良くなる」と思ったのだ。実際、会社に行かなくても良くなったけれど、新しい地獄が始まった。どうして漫画の世界にいるのだろう。それは今でもわからない。何か意味があるとも思えない。夢や現実逃避が見せた妄想だと言われた方が納得できるけれど、感じる痛みは本物だ。なにより夢や現実逃避なら、もう少し楽しい妄想であってもいいはずなのに、この世界はどこまでもおれに厳しい。
もう眠りたいおれに、「負けないで」という声援が聞こえる。多分これはビビの声。ボロボロで足を動かすのも億劫なおれに、「ビビを連れて逃げてくれ」と懇願するのは国王様。守る価値なんてないおれに、「お守りしなければ」と焦りを滲ませるのはチャカだろう。煩雑に頭の中へ響くたくさんの声は、口から出た言葉よりも明確に感情を示してぶつかってくる。存在の主張が激しいくせ、一秒ごとにぷつぷつと潰れて消えていくのはどうしてだろうか。ああ、そうだ、内乱の真っ只中だった。みんな死んでるんだ。声が消えていくっていうのは、そういうことだ。死んでいくんだ。もうすぐ終わる内乱の、もうすぐ、の間に、数え切れないほどの命がぷつぷつと潰れて消えていく。怒りと悲しみと憎悪が頭の中に押し寄せてきて、その喧騒では到底静かに眠れそうにはない。
「 マムシさん!!」
ぐわん、と頭を揺らされるみたいに一際大きい声が響く。ようやく見つけたって、生きていて良かったって、もうどこにもいかないでって、必死に訴えておれを繋ぎ止めようとしてくる。迷子になったこどもが親を見つけた時のような、この場の誰よりも熱烈な声。その声の主を、おれは知っている。ずっとずっと、軽んじられていると思っていたけれど、どうやらそれは勘違いだったようだ。
なァ、ペル。
そんな執着にも似た感情を、お前はおれに向けていたんだね。