ペル続編 | ナノ


たすけて  




大事な弟ではあったが、決して仲がいいとはいえない関係であった。幼い頃からよそよそしく、兄として敬われているというよりもまるで他人として扱われているようだった。
なぜ、と聞いても誤魔化される。理解をしたいと近づけば遠ざけられる。やがて手の届かない範囲にまで足を伸ばしていく彼が、いつかこの国を捨てるのではないかと憂いていた。誰の前でも貼り付けたような笑みを崩さず、誰かに甘えるということも頼るということもしない。可愛げのある弟ではなかった。それでも、彼が自分を裏切り陥れるような人間ではないと、コブラはずっと信じていた。

『王弟殿下であるマムシが、王の地位を狙ってコブラ国王を陥れようとしている』。
ダンスパウダーの一件でまことしやかに囁かれていた噂はもちろんコブラの耳にも届いていた。臣下から直接、念のためマムシの動きに注意をした方がいいのではないかと進言されたこともある。当然その提案は却下したが、国王の身を憂いばこそそう思ってしまう理屈も分からなくはないのだ。
マムシは幼い頃から、兄である自分はおろか父母にも乳母にも懐かなかった。子供らしくない配慮や言葉遣い、表立って態度には出さないが明らかに周囲の人間を敬遠している様子からして、第二王子であるマムシに誰かが余計なことを吹き込んで思い悩ませているのではないかと懸念したこともあった。だが決定的な証拠があるわけでもなく、それが事実か単なる憶測かも判断出来ずに年月だけが過ぎていき、結局マムシはアラバスタの外にいることの方が多くなってしまったのだ。逃げるように海へ出る度、ちゃんと帰ってくるのか、これを最後にアラバスタを捨てていってしまうのではないかと、コブラはいつも不安だった。

ダンスパウダーの一件の前は、王宮に留まる期間が長くなっていたのも彼に疑念が向けられる要因の一端だったのだろう。「ペルが、出来るだけアラバスタに留まってほしいと言うので」。それが理由だという。コブラが何度も同じようなことを伝えてもまるで意に介さなかったというのに、と不満に思う気持ちがないわけでもなかったが、昔から可愛がっていたペルと、そして娘のビビ、この二人だけがマムシの『特別』であることはわかっていたので何も言わなかった。なぜあの二人だけが彼の特別になり得たのかはわからない。気付いたら溺愛していたのだ。ビビに連れられて”砂砂団”の遊び場にも顔を出していたところをみれば単なる子供好きなのかとも思えるが、余所の子供達が『特別』ではないことは一目見て分かった。自分と他人との間に一線を引く様子はとても分かりやすいというのに、彼が何を考え、何を好み、何を嫌っていたのかなど、コブラには何も分からなかった。

コブラに対してのよそよそしい態度。娘であるビビへの溺愛。それに加えて王宮に留まることが長くなったとあれば、王一人に罪を被せて玉座を乗っ取ろうとしていると見てもおかしくはない。けれどそんなことをする男ではないと、コブラはずっと信じていた。王宮から姿を消した後も、ずっと信じていたのだ。それは決して、理屈のつけられる信頼ではなかったけれど。



    弟から何も聞いていなかったのか?何かしらを察していたようだがな」

にやりと口を歪め、嘲笑する『英雄』の姿。ビビの報せでこの男、クロコダイルが全ての黒幕だと知ったとき、頭の中にマムシの声がよぎった。「いくら政府側についているとしても、海賊は海賊ですよ」。吐き捨てるように、追い出すべきではないかと進言してきた。そのときコブラはその言葉の内容を真剣に考えるよりも、マムシが自らコブラへ話し掛けてきたことや、誰かへ嫌悪を顕にすることを珍しく思ってしまったのだ。
海の外を見てきたマムシにとっては海賊というだけで有害に映るのだろうと、言ってしまえばまともに取り合わなかった。なんて酷い兄だろうか。そのうえ事が起これば全て自分のせいであるかのような疑念を向けられては、アラバスタを見放す決定打になっても仕方ないと、この2年間ずっと悔やんでいたのだ。
しかし王宮から攫われ、クロコダイルの口からマムシの話題が出たとき、マムシがアラバスタを捨てて逃げたのではないという可能性に気付いてしまった。彼はアラバスタを捨てたわけではない。自分の身を優先して逃げたわけでも、故郷を見放したわけでもない。

「マムシに…何をした…!」

怒りに震える声で問いただせば、クロコダイルの嘲笑は深くなる。的中してほしくない予感が当たってしまった証拠だ。残虐なその男はまるで武勇伝を語るように、「死んでもらったよ。邪魔になりそうだったんでな」と言い放った。

「あんたには何も言わなかったのか?根拠があるわけではなさそうだったが、おれが何かしらを企んでいると察していたようだがな。王族サマがたった一人でおれのところへやってきて、「この国から出て行ってほしい」なんざ言い出すもんだから、計画の邪魔になる前に退場して頂いたよ」

クハハ、と笑う声が憎い。
弟を守ってやれなかった。たった一度だけの進言をまともに取り合わなかった。アラバスタを捨てて逃げたのではなく、この男に命を狙われてしまったのだろうマムシに助けを出すことも出来なかった。

「本当に誰にも何も言わずにおれのところへ来たのだとしたら…疑念を口に出せないほど誰も信じていなかったのか…あるいは    誰にも信じてもらえなかったのか」
「……!!」

マムシはこの国の敵にたった一人で立ち向かったのではない。たった独りでしか立ち向かえなかったのだ。

その状況を作り出してしまった自分が、コブラは誰よりも憎かった。


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