ペル続編 | ナノ


しんじて  




ビビは憤りを抑えられなかった。むしゃくしゃして叫び出したいような気分だった。

この国が何か得体の知れないものに侵されつつあるというのは、まだ年若いビビでも理解している。王宮全体に衝撃が走った、ダンスパウダーの一件。製造も所持も禁止とされている薬物を王宮に運び込む予定だったなど嘯いた輩が国民の前に現れ、国王が周辺の国々から雨を奪っていたのではないかという疑念に煽られた混乱がアラバスタ全体に巻き起こっているのだ。
隣国にまで被害を及ぼすような代物を、民を第一に想う父王が使うはずもないことはビビにとって疑いようもない事実である。ならばこれは何者かの陰謀だとして、イガラムを始めとした臣下が調べている最中だった。アラバスタの侵略を目論む近隣諸国、あるいは枯れてしまった町の住民の恨み、もしくは王の失脚を望む内部の人間の謀。考えられる可能性はいくつもあれど、まだ尻尾を掴めていないのが現状だ。

ビビ自身、どうにか犯人を捕まえたいと思っていても実際に出来ることは少ない。きなくさい空気に警戒した臣下からも外出を控えるよう強く言われていて、近頃は王宮内で国政や礼儀作法の勉強ばかりをさせられている。のんびりと机に向かっているような状況ではないことくらいビビにだって理解しているのだ。
閉塞感と焦りからじっとしていることも出来ず、度々部屋から抜け出しては犯人探しの進捗をイガラムに聞きに行っていた。

今日も同じく、教育係の目を盗んで部屋を抜け出した矢先でのことだった。


「実は王弟殿下のマムシ様が首謀者で、コブラ国王を陥れようとしているのではないか」


噂、推測、あるいは邪推。ビビにとっては考えもつかなかったような一説が、ぽんと耳に入ってきたのだ。その話をしていた護衛兵は、信じているとも信じがたいともつかないような口調で同僚に話していたが、その同僚も同僚で最初は「まさか」と否定していたというのに、会話が重なるにつれ「確かに、あのお二人はあまり仲がよろしくはない」とまるでその説がまことであるかのように固められていくので、ビビは震え上がるほどの怒りを感じてしまった。

「そんなわけないじゃない!!」

部屋から隠れて抜け出してきたのも忘れ、その護衛兵たちの前に飛び出して否定をしたビビに、護衛兵たちは大層驚いて「いやビビ様、ただの噂話です」「私たちは全然信じていませんよ」と宥めようとした。だが、そんな下手くそな言い訳で騙されるほどビビは察しの悪い子供ではない。

ビビはこの時初めて、王宮内でマムシが疑われていることを知った。思い返してみれば確かに、ダンスパウダーの一件があってからしばらくマムシに直接会えてはいない。彼も犯人探しに加わってくれているのだろうとばかり思い込んでいたが、今思えば近頃は不思議なほど臣下の口からマムシの名前が出てこなかった。偶然かもしれない。マムシの名前を出せばビビが会いたがってまた部屋を抜け出すからかもしれない。だがもし、この馬鹿げた噂話が王宮全体に広がってしまっているとしたら?

遠ざけられているのだ。隔離、あるいは監視されているのかもしれない。国王を陥れる黒幕ではないかと疑われている彼が、妙な動きをしないように、国王の娘であるビビに余計なことを吹き込まないようにと、会えないのではなく、会わせないようにさせられていたのだ。
そのことに考え至った瞬間、ビビは憤りを抑えられなかった。むしゃくしゃして叫び出したいような気分だった。

「ビビ様!?」
「マムシくんはそんなことをするような人じゃない!」

強く否定をして走り出したビビに護衛兵たちは慌てた声を出したが、無責任に邪推を肯定するような話をしていた後ろめたさからか追いかけてくることはなかった。その代わり、ビビを止めたのは走り出した先のマムシの部屋の前にいた護衛兵だ。普段はこんなところに護衛兵などいない。マムシは王宮に滞在している際、日中は護衛兵の訓練に付き合っているか、ビビの相手をしているか、外にふらりと出かけていて不在にしているのが大概だ。それが今この時間帯に部屋にいて、その上すぐ傍に護衛兵までつけられている。このきなくさい状況下でならばビビと同じように身を案じられての警護なのかもしれないが、この時のビビには見張りをつけて閉じ込めているようにしか見えなかったのだ。

「どいて!」
「ビビ様、いけません!お勉強はどうなさいました!?」
「マムシくんに会いたいの!どいて!」

制止を振り払おうと声を荒らげれば、部屋の中にまで騒ぎが聞こえたのだろう。ビビが自らドアに手を掛けるよりも先に、開いた隙間からマムシが顔を出した。

「ビビ?どうし、」
「ねえ、マムシくん。お願い、言って。マムシくんがダンスパウダーを運び込むように命じたわけじゃないでしょう?」

単刀直入に切り出してきたビビに、マムシは目を丸く見開いた。それは図星を突かれた表情ではない。どうしてそんなことを言い出すのだと言わんばかりの顔を見て、ビビは返事が来る前に安堵した。彼がそんなことをするわけがないのだ。ビビが悲しむようなことを企むような人ではない。奔放で、自由で、心が広く優しい人だ。だからビビは、その口から『そんなわけないだろう』と否定の言葉が出ることを待った。この場で違うと否定してくれたなら、ビビは根も葉もない噂など全て払い除けてマムシの味方になることが出来る。たった一言、『違う』という言葉だけで、それだけで良かった。


しかし、マムシの口から出てきたのは否定の言葉ではなかったのだ。


「…ビビ、とうとう君まで、おれを疑うのか」

か細く、頼りなげに震える声を彼の口から初めて聞いた。
知っていたのだ。彼は自分が疑われていることに気付いていた。既に誰かから詰問されたのかもしれない。あるいは感じ取って自らこの部屋に閉じこもっていたのか。いずれにせよ周囲から疑いの目を向けられていた彼に、ビビの言葉は否定を信じて投げかけられた問いではなく、ただ疑心をぶつけられただけに聞こえたようだ。

「ちがう、ちがうのマムシくん、そんなことを言いたいわけじゃなくて…」

慌てて言葉を重ねようとしたビビに、マムシはするりと身を引いて重厚なドアの内側に隠れてしまった。
閉ざされた扉は叩いても声を張り上げても再度開くことはない。拒絶されているのだ。どんなにわがままを言っても笑って受け入れてくれたマムシが、顔も見たくないと言わんばかりに拒絶を示している。

ビビは間違えたのだ。言葉を間違えた。態度を間違えた。開口一番でマムシがこの国に仇なすような人ではないと、マムシ自身に言ってあげられたら誰よりもマムシが安心してくれたかもしれないのに、ビビの怒りに任せた態度と言葉が誰よりもマムシを傷付けた。

謝りたい、誤解を解きたいと思っても遅いと知ったのは翌日のことだ。その日から、マムシは王宮から姿を消してしまった。いつものような突然の旅立ちではないことは、誰よりもビビがわかっていた。


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