カタクリ長編 | ナノ


「コンプレックスの辛さなんて、自分にしかわからねェもんなのさ。誰かにとっちゃあどうでもよくて、誰かにとっちゃあ笑いの種だ。被害者面して非難するやつだっているんだから、隠してしまうのが一番いい」

大きく長い手編みのマフラーをカタクリの口元にぐるぐると巻きつけるその人は、カタクリが欲しいものを全て持っていた。
小さめで形の良い唇。整った歯並び。傷ひとつない綺麗な肌に、誰もが親しみを抱く穏やかな顔立ち。
醜悪な口を馬鹿にされる度、こんな顔に生まれてこられたら面倒も無かったろうと何度思ったか知れないというのに、その人はわかったような口振りで諭すものだからカタクリはとても腹が立ち、同時にとても傷付いた。これは小さな頃の話だ。シャーロット家の最高傑作と呼ばれるカタクリは生まれた時から他と一線を画する存在ではあったが、その時の心はまだ柔らかい子供のままだった。

自分の口元を、他人に言われるほど気にしていないのは確かだ。馬鹿にしてきた奴など力で黙らせてしまえばいい。事実そうやって毎日を過ごしている。
けれどこの人に慰めのような言葉を掛けられるとささくれ立った気持ちになってしまうのは、もしかしたら甘えだったのかもしれない。八つ当たりをしても、許してくれるだろうという甘え。

「…オーレ兄に、おれの気持ちはわからねェ」

マフラーを何重にも巻かれた口元は、喋りづらくて暑苦しい。親切にも指を差し込んで隙間を開けようとする手を緩く振り払うと、溜息を吐く呼吸の音が聞こえた。
呆れられただろうか。怒らせてしまっただろうか。子供のような駄々をこねる奴だと失望させてしまっただろうか。カタクリはまだ子供だ。それでもこの人もまた、カタクリを子供のままにはさせてくれないのだろうか。

「わかるよ」

自分にしかわからないと言った口で、簡単にわかると言う。そんな綺麗な顔で何を、と反論しようとしたカタクリは、見上げた先の顔がその人のものではないことに気付いて固まった。

耳まで裂けた口。ぎょろりと剥き出た眼球。気味の悪い肌の色と、大きすぎる鼻、エラの張った頬骨、鋭く尖った耳朶。


「わかるよ」

ひび割れて耳障りな声。驚いた顔のカタクリに、にたりと笑って見せた鋭い牙。


世界一醜悪とも言える顔が、そこにはあった。

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