ルッチ長編 | ナノ


右脚がべっとりと血で汚れているミケが姿を現して、イツキは息を詰めた。「ミケ、けが、」。掠れた声で呟くと、ミケはいつもと変わらない足取りでイツキの元まで優雅に歩いてくる。痛がっている様子はない。震える指先で血に濡れた毛皮をそっと掻き分けてみても、傷口は見当たらなかった。どうやら返り血らしい。安心したが、ミケが獰猛な肉食獣としての本能をあらわにするのは初めてだ。イツキは戸惑う。

「…ミケ?どうした?」

地面に座り込んで視線を合わせると、ミケの機嫌が相当悪いことに気が付いた。目付きが凶悪に歪み、喉は威嚇の為に鳴らされている。どん、とイツキの胸を突いた頭は強くて、何かを責めているようにも思えた。

「ミケ」

いつものように耳の付け根を撫でて、宥めるように傷のある背中に掌を滑らせて、顔中にキスを落として頬擦りをする。丁寧に触れると機嫌良さそうに鳴らされるはずの喉は、未だに恐ろしいほどの低音で唸っていた。

「どうして…」

イツキの頭に浮かぶのは純粋な疑問だ。本当にわからない。ミケが機嫌を悪くした原因は、おそらく自分なのだろうということはわかる。だがそれだけだ。意思を伝える術を封じた獣に、もどかしく感じるのは初めてのことだった。

「…ミケ?」

イツキの体を脚で押さえて、大きく開かれた口。

   あ、と思った。

噛むんだと、気付いた時にはもう遅い。獣の鋭い牙は、イツキの肩にきつく食い込んでいた。


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