ルッチ長編 | ナノ


ジャブラが能力を解いて人間に戻ると、庭師の男はあからさまにがっかりした顔で作業の手が止まった。なんてわかりやすい男だ。狼の姿の時はあれほどにこにこしていて、楽しそうに芝の手入れをしていたというのに今や溜息を吐きながらこの世の終わりのような顔で地面に向き合っている。その背中を軽く蹴りつければ渋々といったていで再び手を動かし始めるものの、ジャブラに余所見をしながら動いていた先程の方がよっぽど仕事が早い。
舌打ちをひとつして、ジャブラは再び獣化してやった。途端、庭師の顔が明るくなって、嬉しそうに手を伸ばしてくる。

「わんちゃん」
「狼だって言ってんだ狼牙」
「うん、おおかみさん。気高くて強そうで、いつ見てもかっこいいね」
「お、おお…」

満面の笑みで褒められたら、ジャブラとて悪い気はしない。イツキの伸ばした手はジャブラの首筋や背中に回り、絶妙な力で撫でていく。気持ちがいい。思わず腹を見せてしまうくらい無防備になりそうな自分に気づき、ジャブラは慌ててイツキの手を弾いた。

「仕事しやがれ!」
「うん」

こんなやり取りをするのはもう数え切れない。元々この庭師はジャブラの部屋のために雇われたと言っても過言ではない男だったが、人嫌いでろくに会話も出来ず、態度も悪くてジャブラをいらつかせることは数知れず。少し痛め付けて脅してこうべを垂れさせようと狼の姿になったのが、ある意味きっかけと言えばきっかけなのかもしれない。
牙を剥いて爪を向けたジャブラを見て、イツキは怯えるどころかおおはしゃぎで「わんちゃん、わんちゃん」とジャブラを撫で回したのだ。
結果的に態度は改善された。ジャブラの要望にはにこにこしながら頷き、部屋の手入れは月一回の約束だったのが二週間に一度きちんと来るようになった。しかしそれもジャブラが狼でいる時だけの話だ。人間に戻れば直ぐさまテンションが降下していくのは素直というべきか我慢を知らないというべきか。どちらにせよ最終的に仕事だけはきちんと熟すものだから褒めてやってもいいのだが、人間時のジャブラが全否定されているようでどうも癪である。

「ジャブラ様、そろそろ芝刈りの時期だよ」
「おー、おれが任務出た時にでも済ませとけ」
「うん」

簡単な打ち合わせさえ、狼の姿でなければ通夜にも似た雰囲気になってしまうのは経験済みだ。ふさふさと伸びた芝の上で寝転びながら呆れ半分慣れ半分の相槌をうつジャブラに、部屋の手入れを終えたイツキが近付いてきた。

「…ジャブラ様、ご褒美くれる?」

仕事を終える度に可否を問われる要求に、やるもやらないもジャブラは一度たりとて答えた覚えがない。答える前にイツキの手は伸びてきて、その使い込まれた指が体の気持ちいい部分を全て撫でていくのだ。
与えられる快楽に従うのが嫌で、なるたけ「ご褒美」としての名目でしか体に触らせないようにしている。大人しく愛玩動物の役割を果たす姿など誰にも見せられるわけがない。イツキが庭師として働き始めて二年間、守り続けている秘密がなんとも情けなくて、ジャブラは時折吐き気を催すのだ。嬉しそうに耳や脚の付け根、眉間を撫で回すイツキを一思いに噛み殺してしまいたくなる。

「ジャブラ様、かわいい、かわいい」
「…おお…」

    ああ、しかし。

抗いがたきかな、このゴッドハンド。


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