「こんにちは」
低い声と感情のない顔。どこかの殺し屋より余程殺し屋らしい様相に、挨拶をされたルッチとカリファは彼の傍を通り過ぎるだけで何も返さなかった。元より使用人の立場の者に挨拶をされても挨拶で返したことはないが、そもそもこちらを向いてもいない男が独り言のような声色で言った「こんにちは」には話し掛ける気分にもならない。
いつ見ても陰気な男だとカリファは思った。使用人の噂話を小耳に挟んだが、どうも人間を嫌っているらしい。庭師という仕事上、外に出ていることの多い彼を度々見掛けることはあるが、確かに彼が誰か他の人間と一緒にいるところをカリファは見たことがなかった。
仕事は出来るが、というのは何も彼だけに言えたことではないので文句はない。むしろ仕事さえ出来ればここでは上出来だ。人柄や愛想なんて関係ない。現に彼が手を掛けたジャブラの庭園は美しく、なんの文句も出てこなかった。
今だってそうだ。カリファとルッチが通る傍らには丁寧に手入れをされた垣根があって、通り掛かっただけで目を奪われてしまう。
「
垣根に所狭しと咲き誇る花を眺めて独り言のように呟くと、その瞬間後ろから視線が突き刺さる。応えるように振り向けば、珍しいことに庭師と目が合った。
カリファは庭師がまともに人を見る姿を見るのは初めてだ。しかも驚くことに、庭師は微かに笑っていた。彼はすぐにまた手元の作業に戻ってしまったが、その横顔はどこか嬉しげに緩んでいる。もしかしたら、自分が育てた草木が褒められて嬉しいのかもしれない。他に理由が見当たらなくてそう結論づけると、カリファの中で庭師の印象が変わった。好きにはなれないが、随分とかわいいところもあるようだ。小さく笑みを零して再び前を向くと、今度は真っ黒な瞳とかちあってカリファは笑みを引っ込めた。
「…ルッチ、どうしてそんなに機嫌が悪いのかしら?」
視線が逸らされる。答えはない。代わりに彼の肩の鳩が、ポーと一言鳴いていた。