ルッチ長編 | ナノ


ミケと呼んでいる豹がいる。飼い主は世界政府。エニエス・ロビーに住んではいるが、神出鬼没な賢い獣だ。
庭師であるイツキが初めてミケを見た時は、それはもう大層驚いた。ぽかんと口を開け、逃げるのも忘れて凝視していたのだ。鎖もつけられておらず、悠然とした様子で足元を歩く豹に、しかし食われるとは何故か思わなかった。毛皮に刻まれた傷痕と尋常ならざる威圧感を纏って大地を踏み締める姿はどこか人間じみていて、そのくせ聡明で冷たい目付きは人間などといった下賎なものを食うわけないだろうと言わんばかりの気品に溢れていた。
そしてその直感は、当たっていたことになる。ミケはイツキ自身はおろか、イツキの目の前で人や鳥獣を襲って食べてしまうことはない。イツキが美しい毛並みに惹かれて近付いても、差し延べた手を噛み砕かれたりはしなかった。

イツキがミケと初めて会ったのはもう二年も前になる。エニエス・ロビーのどこからか迷いこんできた白い鳩の巣箱を作っていた時に、足元を優雅に通り過ぎていったのが始まりだ。それから仕事中や真夜中の司法の塔、いつだって他に人気がない空間でだけ見掛けることが何度もあって、好奇心に負けて近付き、その体を撫で、今や親愛のキスを交わすようにさえなった。ミケの方もイツキを気に入っているらしく、二年前と比べれば今は頻繁にイツキのもとを訪れては頭を撫でさせ、歯型もつかないくらいに緩くイツキの肩や首を噛み、爪をしまった足でじゃれついてはまたどこかへと去っていく。さながら気持ちが通じ合っている一人と一匹の姿は、誰かが見たら心を和ませることだろう。なんの穢れも欲望もない、美しい光景だ。


    だがイツキは、ミケがとある秘密を抱えていることを知っていた。

そもそもイツキが驚いたのは、エニエス・ロビーで豹が放し飼いにされていることだけではない。
猫のように喉を鳴らし、イツキのような凡夫に体を擦り付けて懐くその豹の正体は、CP9のメンバー、しかも殺戮兵器と呼ばれるロブ・ルッチである。それを知った時には、流石に心臓が握られたかと思うほど大層驚いた。

ミケがルッチであるとイツキが知っていることを、ルッチは知らない。なんの意図があるのかは知らないが、知られたくないようだったので知ってしまった今でも黙っている。
と、いうのも実は建前で、ただ単にこのかわいい獣の機嫌を損ねたくはないのだ。冷酷な殺戮兵器を怒らせたら怖いというのは、いくら人間に興味のないイツキでも知っているし、下手につついて今の関係が崩れるのも避けたい。
けれどその一方で、ミケがルッチであるとばれた時、彼がどんな顔をするのかも興味があった。人間に興味を抱くのは初めてのことだ。
プライドが高く常に冷徹な男が凡夫に喉を鳴らして頭を撫でさせてじゃれるように柔らかく噛み付いて、それがただの甘えだとしたなら、獣の姿を借りてしかそれができないとしたなら、白日の下にその事実が晒された時、殺戮兵器は顔を真っ赤にして恥じらうのだろうか。怒るのだろうか。イツキを殺そうとするのだろうか。
なんでもいい。彼が動揺する姿を見れたら、こんなに心躍ることはないだろうと思うイツキは、ミケが考えているよりも余程意地の悪い男である。

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