肩の血は止まった。ジャブラを経由して医療班からもらった痛み止めもよく効いているようで、仕事にも支障はない。いつも通り毎日エニエス・ロビー中の雑草を引き抜き、木の手入れをして、成った果実を収穫し、誰かの部屋に飾る為の花に鋏を入れている。変わったことといえばミケに会うのが少なくなったことと、他の動物をあまり愛でなくなったことくらいだ。
先日、木の上で休憩していた時にミケが会いに来てくれた。貧血と寝起きの頭では夢か現かが曖昧だったが、毛皮を撫でた感触と噛み付かれた首の微かな痛みだけは確かに残っている。ミケが嫌なら我慢しようかな、と言ったはずだ。だから我慢をしている。狼のジャブラに会っても撫でたい手を抑えて、ミケと仲のいい白鳩にも餌をやるだけにして、馬鹿正直に我慢しているのに、ミケはあれ以来めっきり会いに来てくれなくなってしまった。たまに見掛けて、少し触れる程度。撫でれば喉も鳴るし気持ち良さそうに目を細めている。もう怒っているわけではないようだが、あからさまに避けられているのは確かだった。
どうして、と問い掛けても答えが返ってくるわけないのはわかっている。「ミケ」は喋らない。少なくとも、イツキの目の前ではただの獣である。
「…あれ、ポッポだ」
脚立に乗って伸びすぎた枝葉を刈り込んでいると、美しい純白の翼をはためかせ、ポッポと呼んでいる白い鳩がイツキのいる木に舞い降りた。
掃除したばかりの巣箱に入って、うむうむと満足げに居心地を確かめている。なんてかわいい鳩だ。
首に巻かれた小さなネクタイと、珍しく羽織った豪華なコート。「今日はオシャレさんだね。どこかへお出かけ?」。イツキが問い掛けると、そうだと言わんばかりにポーと鳴いた。すごくかわいい。
我慢するにはポッポは魅力的過ぎて、その小さい頭を撫でたくなる。いやいやいけない。おれにとってはミケが一番だもの。手を挙げては下ろし、を繰り返していると、ポッポがいきなり何かを見付けたかのように大きく鳴いた。
「ん、ポッポどうし、」
「
「、た…」
低い声に振り向いた。そこにいたのはシルクハットに黒いスーツの男。羽織ったコートはポッポと揃いだ。底冷えのする瞳とかちあって、イツキは心底驚いた。
ロブ・ルッチ、だ。