SSリクエスト祭4 | ナノ


フェミニスト、という呼称が蔑称なのか讃称なのか分からないが、友人や知人、白ひげの兄弟達にもそう称されることは多かった。確かに否定はしないが、おれが女性に対して甘い顔をするのは母と姉による教育によるものだ。女性として強く、美しく、貞淑であった二人は女性とはどんな生き物であるかをその生き様でもっておれに伝え、どう扱うべきかを教えてくれた。
女性に対してかくあるべし、という知識は幼いころから培われてきたものなので、優しくしてモテようだとかプレゼントで気を引こうだなんて計算や下心は一切ない。ただ、おれの中の常識が『女性は優しく慈しみ甘やかし可愛がるもの』として形成されてしまっているので、自然と態度は柔らかくなってしまうし、仲のいい女性に似合う髪飾りやアクセサリーを見つければ懐が痛まない程度にプレゼントしてしまう。
同性からは時折、イイカッコしいだと批判も受けるが、例えばまともな人間なら赤ん坊に危害を加えようとはしないだろう。おれの女性に対しての甘い言動はそんな感覚なのだ。



「だからな、嫉妬するほどのもんじゃないんだよ」

だんまりを決め込んで拗ねている恋人の腰を抱き寄せて言い聞かせるように殊更柔らかく囁くと、もごもごと歯切れの悪い口調で「別に、嫉妬なんか」と否定される。ならば先ほど街中で突然おれの脇腹を殴りつけたのは、新人のナースにヘアピンでもプレゼントしてやろうとしたからという理由以外に何があったというのか。問いただしても構わないのだが、殴りつけたときの『しまった』と言わんばかりの表情から今まで我慢をさせてしまっていただろうことが理解出来たので「そうか」の一言で終わらせた。追い詰めたいわけでも、責めたいわけでもないのだ。ただ本当にやましいことはないのだと知ってほしい。おれの名誉のためではなく、恋人であるエースに安心してもらうために。


1ヶ月前におれの恋人となったポートガス・D・エースは、誰がどう見ても男でしかない男だ。本人も男として生まれたことに尊厳を持っていて、守られることも愛でられることも良しとはしていない。おれだってエースを男として扱っているので、必要以上に庇ったり貢いだりするつもりはなかった。
だが、だからこそ、おれの女性に対する態度と比べたり並べたりしてしまうと、恋人として不安や不満を抱くのも当然の感情といえるだろう。
実際、おれは今まで女性に対する態度のおかげで女性にはとてもモテてきたが、同じく女性に対する態度のせいで別れることも多かった。「そういう人だと知ってはいたけど、恋人になっても他の子と同じ扱いなのは辛い」。別れ際にはいつも似たような言葉を言われる。相手からの嫉妬がひどくて、お互い疲れ果てた末に別れたこともあったので、本当に特別だと思えるひとが現れるまで誰かと特別な関係になることはやめていたのだ。
女性に対して甘いのはもはや癖のようなものなので治せないが、きっちりと一線を引いて、そこから先へは踏み込ませないようにした。たまにその線を飛び越えてきてしまう子には、わざと他の女性にも優しいところを見せつけて幻滅してもらうことにしていた。
そうして近しい女性、特にうちの白ひげ海賊団のナースにはおれが『そういうもの』として認識されるようになった頃、おれはエースという一人の男に恋をしたのだ。


きっかけや理由なんて大したものではない。言葉にするのも難しいほど曖昧で、けれど胸の内で強く主張する感情が恋なのだと、おれはエースを好きになって初めて知った。
彼が白ひげにやってきて、普通の男同士、仲間として親しくなり、強いのにすぐ周りが見えなくなる危なっかしいところや、自信家なのに愛情に対して不器用なところから目が離せなくていつの間にか好きになっていたのだ。あれこれ構っているうちにエースもおれを好きになってくれたようで、脈があると判断して告白し、おれたちは恋人になった。

とはいえ、一度の告白ですんなりと交際が始まったわけではない。エースは最初、おれを無類の女好きだと思っていたらしい。普段の言動を見ていればそれは当たり前の印象だろう。
どれだけ「おれはエースだから好きになったんだ」と言い聞かせても「おれは女でもねェし女みてェにもなれねェぞ」と渋って中々受け入れてはもらえなかった。おれはエースが好きで、エースもおれを好きなはずなのに何をぶつくさ言っているのだと呆れたが、面倒だとは思わなかった。性別など関係ないと否定し、繰り返し愛を告げ、信用して受け入れてくれるまで辛抱強く待った。その結果が今、こうして晴れて恋人同士といえる仲だ。

現在に至る経緯を並べるとおればかりが積極的にエースを口説いているかのようだが、エースはエースでナースたちにこの件を相談していたらしい。相談といっても、エースの気持ちを察知した目ざといナースによって強制的に開催された相談イベントだったらしく、面白がった数人に囲まれてあれこれ好き勝手言われていたのだとは後になって聞いたことだ。
全ての女性がそうだとは言わないけれど、他人の恋愛ごとに首を突っ込むのが好きな女性は決して少なくはない。おれはそれも可愛いもんだと思うが、エースにとっては余計なお世話だったんだろう。うんざりした顔で、ナース達にあれこれ好き勝手言われていたのだと聞かされた時にはつい笑ってしまったものの、エースがおれの告白を受け入れようと思った決定打は、その余計なお世話を働いたナースのうちのひとりの言葉なのだからおれは感謝してもしきれない。

「あの人は女のことなんてペットみたいにしか思っていないのよ。可愛いもんだから可愛がってるだけ。どう見ても女に見えないあんたを可愛がって好きだって言ってくるんなら、よほど特別ってことでしょ」。そう言って背中を押してくれたらしいその人は、エースは知らないが実をいうとかつて交際していた女性のひとりである。

「あなたにとって、女はペットのようなものなのね」。エースに告げた言葉と同じく、彼女との関係を白紙に戻す際にされた指摘は、言いえて妙だと納得してしまった。さすがにペットという例えは極端だが、かわいくて愛しいものだから優しくして慈しんで守っているだけであって、無償の愛ではあるものの相手から何かを返されることなど望んでいない。つまり女性に対して、なんの期待もしていないのだ。愛玩の対象でしかないと、その時に初めて気付いた。
「傲慢なひと」とくすぐるように笑われて、おれは何も否定出来なかった。別れ際に笑って見せる強さを美しいと思うものの、決して彼女と別れたくないなどとは思わなかったのだ。むしろ別れることになって安心していたのだから、おれは最低な男だと思う。



「…なあ、エース、こっち向いてくれ」

あの時、彼女と別れることになって安心していた時とは違い、エースがもしもおれに愛想を尽かしてしまったらと思うと声が震えそうになるほど恐ろしい。引き寄せた腰を正面から抱きしめ直して、剣呑な形になっている目元を覗き込むと、エースは逸らさずしっかりとおれを見返してくれた。だがそれは喧嘩を売られて買うような、おれは逃げ出さねェぞと言わんばかりの目つきだ。まさか、おれが別れを切り出してくるとでも思っているのだろうか。彼の機嫌を損ねただけでこんなにも心臓が落ち着かないというのに、それはありえない話だ。

エースとて、おれが女性に対して甘いのは単なる習慣のようなものだと知っている。特別な感情などないのはおれ自身も時間をかけて言い聞かせ、ナースからも太鼓判を捺されているので頭では理解しているはずだ。けれど目の前で恋人が他のやつに優しくしているのを見せつけられては、不快に思うのも当然で、いくら習慣のようなものだからといって配慮しなかったおれの方に非があるだろう。まして、言葉にはしなかったけれど、街中に出て二人きり、デート中での出来事だ。殴られても文句は言えないと誰よりおれが分かっているし、反省もしている。エースを責めるつもりはない。
けれど、与えられる愛情に対して不器用なエースは自分を責めてしまうのだ。頭で理解している分、怒っても仕方ないのに怒ってしまったと後悔して、そのせいで呆れられるのではないかと懸念しているのかもしれない。
我慢しなくたっていい。嫌なら嫌だと言ってほしい。嫉妬だって、エースからなら嬉しいもので、いくらおれが悪いと言えどいきなり殴られたって許すのはエースだけなのだ。
女性と比べたら確かに優しくも甘くもないかもしれない。けれどおれの中の『特別』はただ一人、エースにだけ向かっている。それを知ってほしかった。

「なあ、エース、好きだよ」
「…別に、おれは」
「いいから、聞けって。おれが言いたいだけなんだ」

なんとも思ってない、と主張したがる口を黙らせて、「好きだよ」ともう一度囁いた。ごめんな、嫌な思いさせたな、怒ったっていいんだぞ、お前が一番大事だよ。抱きしめてそばかすにキスをして、不安を塗りつぶすように言い聞かせる。ちりちりと細かく散る火の粉は照れている証だ。抱きしめている体は熱いほどだけれど、火傷したって構わない。エースを手離すくらいなら、皮膚くらい焼け爛れたって構わないのだ。

「わか、たって、もう…!離れろ、ばか、燃えちまう」
「いいな、それ。お前の炎に焼かれて死ぬなんて、情熱的だ」
「ばか!おれは嫌だ、そんなの」

手のひらに押されて無理やり離されそうになる前に、もう一度「そのくらい好きってこと」と伝えると、いよいよ顔を真っ赤にしたエースに強く突き飛ばされた。途端に勢いよく上がる火柱はエースの感情そのものだ。ぎりぎりと睨みつけてはくるものの、目が潤んでいては何の迫力もない。
炎が止み、まだ熱い手のひらをとって指先にキスをした。「キザ野郎」なんて悪態も、照れ隠しだと知っている。

「なあ、デートの続きがしたいな。今度はちゃんと、お前のことだけを考えておくから」
「…ん」

ようやく素直に頷いてくれたエースに、心臓がくすぐられるようにむずむずしてしまう。彼に初めて恋をしてから、今まで誰にも抱かなかったような感情が湧きたつようになったのはエースでさえ知らないことだ。

ずっと笑っていられるように優しくしてやりたい。だけど意地悪しておれのせいで傷付く顔もみたい。
おれがいないと何も出来ないくらいに甘やかしてやりたい。だけど自由に生きるエースでいてほしい。
年下でも恋人でもちゃんと一人の男として扱ってやりたい。だけど組み敷いて暴いて快楽を植え付けてその身体をメスに作り変えてしまいたい。

相反する複雑な感情を、女性相手とはいわず他の誰にも抱いたことはない。荒れる波のような欲をそのままぶつければきっとエースもおれに愛されていることを疑う余地などなくなるのだろうけれど、拒絶されたらと思うと怖くて蓋をしてしまう。日に日に溢れてくるその想いの蓋がいつか壊れてしまうことがわかっているから、おれはエースを恋人にした後でも、愛想をつかされないように必死なのだ。


「なあ、エース、すきだよ」
「わかったから、もう、いいって」

ごしごしと真っ赤になった頬を擦るエースは可愛くて、なにもわかっていない。好きだなんて甘い言葉を吐く隣の男が、どれだけひどい感情を持て余しているかなんて、想像もしていないのだろう。だからこんなにも無防備に、可愛い反応を晒してしまえるのだ。

「…お前だけだよ、こんな風に思うのは」

優しくしてやりたいのに、優しいだけではいられないのだから、恋というのはなんて厄介なものだろう。

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