SSリクエスト祭4 | ナノ


同棲といえどベッドは別。これはなにも倦怠期だからというわけではなく、クザンとナマエが同じ家で暮らすようになった当初から決めていたことだった。
片や将校、片や事務官。同じ海軍に勤めていても仕事の内容や生活サイクルはまるで違い、帰宅時間も合わないことの方が多い。お互いの睡眠を邪魔しないようにと別々に購入されたベッドに、こいつは本当に情緒というものがないなと呆れたものだが、それでも寝室を別にしないあたりは彼なりの愛情表現だったのかもしれない。あるいは、クザンが不満を言うであろうことを察しての譲歩か。

同棲をする前は、そもそも恋人だというのに顔を合わせるタイミングが職場での書類提出でしかないというのだから、別れるか一緒に住むか選べと言い出したのはナマエの方だった。クザンが海軍本部に勤めだした頃からの顔見知りではあるが、昔からそういう男だ。情緒もなにもなく、効率で物事を考える男。淡白で淡々としていて、こいつ本当におれのこと好きなのかと疑うこともしばしばある。もちろん、効率を重視する男が好きでもない男のために同棲のための家探しや家具の手配、生活の雑事一切を請け負ってくれるわけがないので今更『わたしのこと好き?』なんて面倒な女みたいなこと聞いたりはしないが、彼にとってクザンはもしかしたら恋人というよりももはや家族に近いのではないかと思う。生活スタイルが合わないので仕方ないとはいえ、セックスもご無沙汰だ。好きかと聞いたら好きだと返されるだろうが、ムラムラしたりはしないのかもしれない。それはとても困る。クザンはまだまだ、恋人としてナマエのことが好きなのだから。

そろそろ無理矢理にでも休みを合わせてみようか、と考え始めたものの、ちょうど年度末の決算時期に入ってしまい事務官のナマエは休みをとるどころか本部に缶詰になってしまった。
主に戦力として使われているクザンにはわからないことだが、この時期いつも死にそうな顔で栄養剤を一気飲みして算盤を弾いているナマエを知っているので、休みを合わせるどころか、次の休みはいつかなんてことも聞き出せやしない。よしんば休みがあったところで、どうせ家に仕事を持ち込んで「終わらない…終わらない…」と嘆く姿を見るだけだ。久しぶりに見る恋人の姿が憔悴した状態なんていうのは流石に避けたいので、珍しく定時通りに帰宅したクザンはがらんとした部屋でひとり酒をかっくらって早々に寝た。せめてもの慰めにとナマエのベッドで眠ったのは、酔っていたせいだと許していただきたい。どうせこのベッドの主は今日も本部の仮眠室で夜を過ごすのだ。カビが生えないように使ってやらねば。



    と、言い訳のような建前のような理由でクザンがナマエのベッドでぐーすか眠っていると、深夜も深夜、もうすぐ夜も明けようかという時分に玄関のドアが開く音がした。鍵を回す音もしたので、確実にナマエだろう。疲れ果てているのか、重たそうな気配で寝室に近付いてきている。普段から眠りの浅いクザンはもちろん気づいていたが、眠ったまま起きなかったのはアルコールが入っていてだるかったのと、自分のベッドで眠る恋人を見てもどうせ何とも思わないだろうという推測からだ。自分が忙しくてろくに睡眠時間をとれない時期にぐーすか寝ている男を見て苛立ちを感じる可能性もなくはないが、ナマエに限っては別に何も感じず空いているクザンのベッドで寝始めるだけだと思う。そういう男だ。怒りもしないが、ときめきもしない。淡白で情緒がなく感情で行動するよりも効率を重視する、それがナマエという男なのだ。それが悪いとは言わないし、好きで恋人になっているのだから今更文句はないが、全く何も思わないかといえばそうでもない。けれど期待したって何もないのはわかっていたので、クザンはそのまま眠り続けることにした。


ガチャリと寝室のドアが開いて、ナマエが入ってくる気配がする。廊下の方から少し明かりが漏れていたので、自分のベッドにクザンが寝ていることは分かっただろう。一瞬その場に立ち止まったが、やはり特に戸惑った様子も苛立った様子もなさそうだ。

もしもクザンが起きていたら、ここで「おかえり」と声をかけて、一緒に寝る?と誘っていたかもしれない。けれど、クザンは今寝ているのだ。眠りが浅いので大体の状況は把握出来るが、今日は酒も飲んでだるくなっていたし、疲れ果てているだろうナマエはろくな反応を返してはこないから、そのまま寝ることにした。どうせお前もすぐ寝るんでしょ、と拗ねる気持ちもあったかもしれない。素っ気ない恋人に慣らされて、クザンも随分淡白になってしまったものだ。会いたいとは思っていたが、いざ近くにいても睡眠を優先するなんて。


起きるつもりは毛頭なかったクザンは、しかしパチリと瞼を開けた。目の前にはナマエがいる。そしてその手は何故か、クザンが寝巻きにしているシャツのボタンにかかっていた。


「…え、なに?何してんの」


クザンの予想を裏切ったナマエは、クザンが寝ているベッドに乗り上げ、さらには布団を剥いでクザンの衣服に手を掛けている。
薄暗い部屋の中で久々に見た顔は、案の定疲れ果てていて、目の下にはひどい隈もあるし頬が若干こけている。しかしその指はせっせとクザンのシャツのボタンを外しており、ナニをしようとしているかなど分かりきっていたが、淡白な恋人らしくもない行動に戸惑って思わず問いただしてしまった。

「いや…がんばったごほうびかなとおもって…」

ぼーっとした声で返事をしたナマエは、明らかに正気ではない。「いやいやいや」と外されたボタンをクザンが留め直すと、「は?」とドスの効いた抗議まで出てきた。やらせろよと言わんばかりの態度は本当に珍しい。というか、初めてだ。これは本当にナマエだろうかと疑ってしまうくらい、横柄にクザンを求めてくる。

「…おれ寝てたんだけど…」
「ねてろよ」
「起こされたんでしょうが」
「おれのべっどでねてるほうがわるい」
「そりゃ、まあ」

話している間にもせっせとボタンを外し、開いた胸元に手を這わせながらべろりと唇を舐められてなおも、クザンには久々に恋人から求められる喜びよりも戸惑いの方が強い。ストレスでおかしくなってしまったんじゃないかという心配が半分、そして期待していなかっただけに今は全くやる気がないという理由が半分だ。
犬のようにべろべろと口を舐められる合間に、「酒入ってるから勃たないよ」と最後の抵抗をしてみたものの、「あなだけかせよ」と返されて、まあ確かに突っ込む方はナマエなのだから極論クザンは勃たなくてもいいのだが、穴扱いとは遺憾である。
極限まで疲れているせいで生存本能としての性欲が昂っているのだろうナマエは、クザンの意見を聞く気が全くないらしい。せめて素面であったら乗ってやれたかも、と残念なような面倒くさいような気持ちで瞼を閉じてマグロを決め込むクザンを、ひとしきり舐め回して少し落ち着いたらしいナマエがぎゅうっと力強く抱きしめた。それはただの抱擁だ。愛撫でも拘束でもなく、ただ、体を合わせるだけの単純な愛情表現に感じられた。


「あーーー…ようやく会えた…」

誰に、なんてのは問いただすまでもない。安心しきったみたいな溜息を吐きながら零された独り言は、もちろんクザンをやる気にさせようという意図などないのだろう。なにせ、今のナマエはクザンの意見を聞く気など全くないのだ。その証拠に続けて動き始めた不埒な手は好き勝手にクザンの体を這い回り、太ももあたりに股間を押し付けてオナニーにも近い行為に勤しんでいる。

けれど、会いたくて会いたくて仕方なかったと言わんばかりな声色で「くざん、すきだ、すき」「ずっとこうしたかった」と囁いてくるものだから、いくらやる気がなかったとしても普段淡白な恋人の熱烈な求愛に応えたくなってしまうのは当たり前のことだろう。なにせ、クザンとてナマエに会いたくて、好きで好きで、ずっとこうされたかったのだから。

「…あんたさァ、こういうときばっか甘えてくんのずるくない?」

観念して瞼を開け、手をナマエの首に回すと、ふふ、と幸せそうな声が漏れた。眠かったのに。どうせ勃たないのに。「疲れてんでしょ、おれがしてあげる」と言ってしまう己の献身を、ナマエはもっと感謝して、もっともっと愛情を表現するべきだ。

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