SSリクエスト祭4 | ナノ


天竜人の奴隷として幼少時代を過ごしたナマエは、深刻な人間不信だ。
両親に二束三文で売り飛ばされ、道具や玩具のように扱われることで人間の尊厳など早々に潰えてしまった。最終的にはペットの肉食獣に左腕を噛みちぎられて、息も絶え絶えのところを「もういらない」と海に捨てられてしまったのだから天竜人への恨みは推して知るべしというものだ。
死にかけの体で海に漂流していたのをセンゴクに拾われ、少しずつ人間としての感覚を取り戻していった今でもナマエはセンゴクのことしか信じていない。ロシナンテも同じくセンゴクに拾われた身だが、少しばかり年上のナマエに甲斐甲斐しく世話を焼いてもらえたのはセンゴクに頼まれていたからだろう。年を重ね、無くした左腕には義肢をつけて海軍へ入り、組織の中で生きていくことになってもナマエには特別親しい友人というものは出来なかった。作らないのだ。ナマエは誰のことも信用していないので、周囲に他人の存在を許そうとはしない。救ってくれたセンゴクと、同じくセンゴクに拾われて一緒に暮らしていたロシナンテがせいぜいだ。他の誰かに話しかけられても無愛想で、酒に誘われてもすぐさま断る。談笑しているところなんて見たことがない。
いっそ気持ちいいほどはっきりと交流を断るので、周囲も彼はそういう男なのだと諦めて放っておくことが多くなった。事実上の孤立だが、ナマエはまったく気にしていない様子なのでむしろその状況を歓迎していることだろう。人間不信のナマエにとって、周囲に誰もいないことは心地よい環境なのだ。
だのについ先日、ナマエの隣に見知らぬ女性がいて、ロシナンテは戦慄した。無駄な会話を切り捨てるはずのナマエが、一言二言どころか数え切れないほどのやり取りを繰り返している。その光景だけを見るならば別段大したことはないだろう。男女の組み合わせといえどカップルと決めつけるのは早計である。単なる部下と上司かもしれないし、あるいは同期かもしれない。だが、話しているのはナマエなのだ。深刻な人間不信で、センゴクとロシナンテ以外とはまともに喋ろうともしなくて、孤立こそが安息だという男だ。その男が、女性を隣において、会話をしている。これが特別だといわずになんと言おうか。頑なな男の心を溶かしたその女性は、きっとナマエにとって大事な存在に違いない。自分を地獄から救ってくれたセンゴクと同じくらい。そして、成り行きで生活をともにしていただけのロシナンテよりずっと、特別な人なのだ。



    というのは全てロシナンテの思い込みである。

ロシナンテいわく人間不信で孤立を好み隣に置く人間は特別な存在と思われているらしいおれの実際は、単なるコミュ症で友達の出来ない可哀想な海のおまわりさんだ。天竜人の奴隷で左腕ちぎられてセンゴクさんに拾われたところまでは合っているのだが、それ以外の心情というのはおれの境遇に感情移入したロシナンテが勝手に作り上げた妄想である。確かにおれを飼っていた天竜人はクソだと思うが、物心ついた頃にはすでに奴隷だったので人生こんなもんだと思っていたし、センゴクさんに拾われて元天竜人だというロシナンテに出会ってからは「環境が全て悪い」という結論に至ったので別に天竜人嫌いでも人間不信でもない。海賊にも仁義を通すやつはいるし海兵にだって汚職に手を出してるやつはいる。そういうことだ。
なのでおれに友達がいないのは単に奴隷歴が長くてまともに他人と喋るスキルを持たないせいなのだが、ロシナンテは元天竜人の子供でおれが天竜人の被害者という関係性のせいか、昔から過剰なほどおれの境遇を憐れむ傾向がある。いや、恐れているのかもしれない。被害者面をした加害者によって人生をボロボロにされた彼もまた被害者である。一番近しい存在であるおれがまた自分に危害を加えるのではないかと恐ろしく、けれど優しくされては黙ったままでもいられなくて葛藤に苛まれていた時期もあるようだ。
一緒に暮らすようになってしばらくして「ぼく本当は天竜人だったんだ」と鼻水垂らしてべそべそ泣きながら謝られた時は『あ、うん、センゴクさんから聞いて知ってた』とも言えず迷いに迷って「そうか、よく話してくれたな」としか返せなかったのだが、あの頃からロシナンテはおれに対して美化が酷い。罪を憎んで人を憎まぬ孤高のヒーローみたいになってる。こわい。
全然気にしてないぞ〜〜ロシナンテみたいな良い子とあの天竜人が一緒だとは思わないぞ〜〜おれはお前のドジっ子な部分も含めて大好きなんだぞ〜〜
と何度言ってもロシナンテはそれをおれの気遣いや優しさ故の言葉だと思っているらしく、常に返事は苦笑いの「ありがとう」なのだからやるせない。深刻な人間不信はおれではなく、ロシナンテ自身の方なのではないだろうか。おれはわりとすぐに人を信じるぞ。去年のエイプリルフールとか直接おれに仕掛けてくる奴はいなかったけど周囲で小耳に挟んだ嘘情報とか全部信じちゃって大変だったんだからな。こんなこと伝えたところで「ドジっ子のおれに合わせなくていいんだぜ」と微妙な笑みを浮かべられるだけなので言わないけど。恋人がおれを信じてくれなくてつらい。

そう、恋人。全く信用してもらえてないが、恋人なのだ、おれとロシナンテは。

おれは昔から可愛いなあと思っていたし、それに欲が生まれたのは小さかったロシナンテと目線が近くなってからのことだが、正直泣きべそをかいている記憶の方が多すぎて自分がペドフィリアになった気分だったので告白するつもりはなかった。
だが今思えば、さっさと言ってしまえば良かったのだ。そうすればロシナンテはもっとおれのことを理解していてくれたのかもしれない。
結局ロシナンテが告白してくれて、「おれも好きだ」という返事で付き合うことになったおれ達は、恋人というには信用が足りない。主にロシナンテからおれに対する信用だ。

まずもっておれの人物像がロシナンテの中で人間不信の孤立大好きマンという勘違いをしているというのも大きいが、おれの「好きだ」がロシナンテを傷つけないようにという優しさからくる嘘と思われているという点がかなり辛い。べそべそ泣きながら告白してきたロシナンテは、色好い返事をもらった反応とは思えないほど悲愴な表情でびゃあびゃあ泣いていた。嘘をつかせてごめんなさいという意味の涙だというのは、後日酔っ払ったロシナンテ本人から聞いたことだ。なんだそれおれの方が泣きたい。素直に信じてくれという気持ちは伝えたが、酔っ払いすぎて翌日記憶を飛ばしていたロシナンテは一切覚えていないようだった。
あの時なあなあにせず、ちゃんと伝えておけば良かったと思ってももう遅い。ロシナンテは結局また、あの時と同じようにびゃあびゃあ泣いている。こいつ本当にちっちぇー頃から泣き方変わんねェな。

「ぐすっ…ウウ」
「…ロシナンテ」
「わ、わかってん、だ、おれが、ナマエにふさわしくねェってことは」
「そんなことない」
「わ、わ、わらって、別れるつもり、だったんだ、でも、おれ、おれ…っ」

嗚咽混じりにそう言って、またびゃあびゃあ泣き始めたロシナンテは、確かに先ほどまで笑っていた。「かわいい女の子といたじゃないか、好きなんだろ?ナマエがあんなに他人と一緒にいることなんて珍しいもんな」となんの前触れもなく言われたので、ぽかんとしている間にじわじわと顔が歪み、そして泣き始めたのだ。まさに困惑とはこのことだ。恋人が唐突に浮気追及してきたかと思ったら知らないうちに別れ話に発展していた…。ただでさえコミュ症なおれにはどうしたらいいのかわからないぜ…。

「ナマエ、ごめん、ごめん、おれ」
「…ロシナンテ」
「い、いや、だ!」
「…愛してるぞ」

ロシナンテの三白眼がまんまるに見開かれて、それからゆっくりと頭を抱えるようにして体を縮こませた。しくしく、しくしく、すすり泣きが響く。静かになった代わりに痛みに耐えるような泣き声が一層哀れで、おれまで泣いてしまいそうだ。絶対にこれ信じてない。辛い。多分これ一緒にいた女の子新しい後輩ですって言っても信じてもらえないよな。恋人がおれ不信で途方に暮れるわ。あーーーーとりあえず頭なでなでしとこ…。

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