SSリクエスト祭4 | ナノ


エースがナマエに対して反抗的な態度を取ってしまう理由は3つある。

1つは、ナマエがエースの実の父親の船に乗っていたクルーだということ。これは出会って随分後に判明したことだが、この時エースはとてもショックを受けてナマエにひどく当たり散らした。恨みすら感じている男の仲間だったというのにも衝撃を受けたが、エースをからかって遊ぶ態度以外には親切なところもあるナマエの内心が、『かつての船長の子供だから』と構いに来ているのかと思ったらとてつもなく腹が立ったのだ。めちゃくちゃに暴言を吐いて当たり散らし、もう近付くなとまで言ったエースを収めたのは、呆れたような「お前、じゃあルフィはどうなんだよ。敵の孫だぞ」というナマエの一言だ。確かに、仲間の子供だからとエースを気に掛けているのであれば、ルフィに対しては説明がつかない。むしろ素直で反応もいいルフィの方が、ナマエはよほど可愛がっている気がする。

そう、ルフィのことばかり可愛がっているのも理由の1つだ。コルボ山に来る度にナマエはルフィの首根っこを捕まえてぬいぐるみのように抱き上げ気が済むまで連れ回してはルフィが喚き疲れてぐったりするまで構い倒したりしている。エースやサボも被害に遭わないわけではないのだが、ルフィよりずっと上手く逃げ出すことが出来るので必然的にナマエが一番可愛がるのはルフィだ。「お前は馬鹿で弱っちくて単純でかわいいな」なんて屈辱的な言葉を掛けられようものなら絶対殺してやるつもりだが、それでべそべそ泣くルフィの頬にキスして特別に特訓をつけてやるのだから、結局ナマエはルフィが一番可愛いのだ。悪態ついてばかりのエースよりも、素直で好意も感謝もまっすぐに伝えられるルフィの方が。

残りの1つは、本能的な防衛反応とも言えるのだが、ナマエはきっと安易に近づいてはいけない類の人間だということをエースは知っている。本に載るような大犯罪者というだけではない。噂によれば若い頃には随分と残虐な行為を繰り返していたようだが、エースの目の前では滅多にそんな素振りをあまり見せないので命の危機を感じたことはなかった。
エースがナマエに危機感をおぼえるのは、言葉に表しにくい部分だ。見ているとぞわぞわして、背中が痺れるような衝撃が走って、何より頭がカーっと熱くなる。マキノに近付かれた時にも同じようになるが、それよりも酷いような、なぜだか無意識に手を伸ばして引き寄せたくなるような感覚だ。
例えば瞼を伏せた時の睫毛がやけに長いことだとか、崩して座った時にズボンの裾から見える足首が思ったよりも細いことだとか、俯いた時に晒されるうなじが白いことだとか、そんな些細な、どうでもいいようなことが月日を重ねるごとにやけに気になってしまって、不可解で、得体が知れなくて、避けてしまいたくなる。
弱みを見せたくなくて誰にも相談せずに黙っていたが、とうとう下半身に違和感をおぼえるようになったとき、ナマエは全部お見通しだとでもいうように夜中エースの寝床に入ってきて掌を差し出した。「やり方教えてやるって言ったもんな」。最初はなんのことかわからなかったが、その長い指がエースのズボンと下着に掛かった時、目の前が真っ赤になった。月明かりに照らされる口元がやけにいやらしく見えて、目を離さなければいけないというのに離せなかった。「ちゃんと見てろ」と幼子に言い聞かせるように柔らかく声を落としたナマエが教えてくれたのは、自慰の仕方だった。「教わる相手がいねェだろう」と笑って、その時ばかりはからかいもせず、嘲りもせず、「大丈夫、大丈夫」とばかに優しく、最後まで『教えて』くれた。
ナマエは「男なら普通にやってることだ」と言ったが、他人に触られるようなところではない部分を触らせてしまったことに酷い羞恥と屈辱を受けてそれから余計にナマエへの態度が反抗的になってしまったのは仕方のないことだろう。
けれどそれをきっかけに理解出来たこともある。ナマエへ感じていた危機感の正体。これは自分の心を侵食していくものだと、エースは出会った当初から本能的に感じ取っていたのだ。

成長していくと目線が高くなるせいか、見えるものが広くなってくる。町に出れば興奮気味に彼に話しかける男がいて、食堂に行くといつもおまけをしてくれる女がいる。ダダンの仲間にも、赤らんだ顔をしてナマエの役に立とうと躍起になる馬鹿が一人や二人の話ではなくいるのだ。それらはみんな、魂を取られたように虚ろな目をしている。ぼーっとして、表情をだらしなく緩ませて、明らかに様子がおかしいというのに、ナマエはむしろそれが当然とばかりの態度でそれらに接するのだからエースには理解が出来ない。まるで尽くされるのが当たり前だという態度。ナマエは人の心を侵食していくことを平気でやってしまう人間だと、エースは年を重ねてからようやく理解した。

思わせぶりな態度で欲する心をそそのかしておいて、手を出そうとすれば遠ざかっていく。悪魔のような本性に気づいてからは一層のこと反抗的になったが、ナマエはまるで気にしていないようだった。にやにやと笑いながら、エースのそばかすにキスをする。こういうところがまた、イライラしてしまう。どうせエースが特別だというわけでもないくせに、平気で触れてきて、でも触れさせてはくれないのだ。きっとナマエはこうやって、気に入った人間を掌で転がすのが好きなだけなのだろう。誰にも心を与えてやらないのは、クソ野郎だと思うと同時にほんの少し安心してしまう理由については考えないように蓋をした。考えてはいけない。それも本能的な危機感だ。


あの男の仲間で、自分よりルフィの方が好きなくせ、エースのことまで掌で転がそうとしてくる。反抗的になる理由はそれで十分だろう。だからエースはナマエが気に入らないし、言動のいちいちが気に障る。
自分の都合で会いにくるな。そのくせ自分の居場所は知らせないとかふざけてんのか。おれにやったみたいにルフィに手を出したら絶対許さないからな。当たり構わず色目を使うなよ。人がいるところで肌を露出するなんて襲われてェのか。おれが話してんだからこっちを見ろよ。
他にもたくさん文句を言ったけれど、ナマエはにやにやするだけだった。むかつくのだ。どうしようもなく。


※※※


「お前は本当に、かわいいなァ」
「頭沸いてんのかヘンタイ」
「減らず口が相変わらずで安心したよ、クソ生意気なクソガキめ」

にやにや笑って、伸ばされた手がエースの髪を撫でる。17になって海に出たエースにも、ナマエは今までどおり会いに来た。ルフィがいないこの場所で、ナマエが目に映るのはエース一人だ。細められた目尻がどんなに甘い表情を作っても、勘違いしてはいけない。自分を戒めるのはもはや簡単なことだった。エースは自分が彼の特別ではないことを知っている。唯一には到底成り得ない。海に出るから付いて来てくれという誘いを断れられた時に、嫌というほどそれは思い知ったのだ。

「お前も相変わらずだろ。ふらふらしやがって」
「おれはいつだってふらふらしてる」
「落ち着きのねェおっさんめ」

帰るところがない様子に安心するのは、おかしいことだとわかっている。けれどエースは、ナマエに『特別』が作られていないことに満足してしまうのだ。これはただ単に、いつか自分がされたのと同じように彼を掌で転がしてやりたいと思っているからであって他意はない。どんどん力をつけ富も名声も手に入れて、彼の記憶の中の存在を超える大海賊になったら、仲間にしてやってもいいと誘うのだ。それまでナマエの『特別』の席は、空っぽのままがいい。それだけが今、エースが彼に望む唯一なのだ。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -