SSリクエスト祭4 | ナノ


べ、べつにあんたのためじゃないんだからねっ!
と口では言いつつ甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるような、素直になれないけどデレが隠せない思春期真っ盛りな子がおれの好みだ。単にウブな若いのが好きなのかと自分では思っていたが、違うな、最近気付いた。恥ずかしくて好意をストレートに表せない子をでろでろに甘やかして羞恥で真っ赤になって嫌がるけど嬉しいしどうしたらいいのか分からないみたいな様子を見るのが好きなのだ。

だからボルサリーノさんみたいに上司でおれより強くて年上の、甘やかせるようなタイプじゃないのは全然ダメだ。っていうかこの人ツンが完璧すぎてデレが見えない。無理。可愛がる要素が全く無い。

「ボサッとしてねェで〜…さっさと報告書くらい書き上げなよォ〜…」

相変わらずトロいんだから、と自分こそトロい喋り方をする光速の人は、おれにだけ態度が冷たくて皮肉や嫌味も言うし仕事も無茶振りばかりだ。おかげさまでメンタルもフィジカルもだいぶ強くなったと思うものの、同時にストレスも強すぎて胃痛や頭痛が頻発するようになった。ボルサリーノさんがおれに冷たく当たり始めた当初、周囲はおれが何かやらかしたのかと心配したり、フォローしたりもしてくれているし、おれ自身も知らないうちにボルサリーノさんへ失礼なことでもしてしまったのかと大慌てで謝ったりもしたが、決して改善はされなかった。それもそうだ。ボルサリーノさんは、おれのことが好きで、おれの好きなタイプを装うためにわざと冷たくしているのだから。

「おれ、ツンツンした子が好きなんですよね〜!素直になれないところ見ると、甘やかしたくなるっていうか!」とボルサリーノさんに伝えたのはまだおれ達が仲のいい先輩と後輩だった頃。人とすぐ仲良くなれるが深く物事を考えられないおれと、怪物と呼ばれて敬遠されながらも要領の良さで上手く周囲と距離を保っていたボルサリーノさんは、お互いの凹凸がかっちり噛み合ったかのように相性が良く、プライベートでも一緒に出掛けるようになるほど親しかった。仕事終わりに二人で飲みに行くことも多く、べろんべろんに酔っ払って色んなことを話している時に『好きなタイプは』という話題が出て、その時におれはツンツンした子が好きだと話したのだ。正確にはおれのことが好きだけどデレるのが恥ずかしくてついツンツンしてしまう子、というのが正解だが、酔っ払いの語彙力低下などご愛嬌の範囲だろう。そもそもボルサリーノさんがガチでおれのタイプを探りに来てるなど思いもしなかったものだから、言葉足らずになっても仕方ないことだと思う。
記憶違いでなければその時のボルサリーノさんも特に気にした様子もなくいつものように「へェ〜」と頷いていつものように酔っ払ったおれを宿舎まで送ってくれていつものようにお礼に出したコーヒーを飲んでいつものように泊まっていったのでこの件は些細な会話とひとつとして記憶の中に埋もれていったのだ。

しかし次の日から少しずつ会話が少なくなって、飲みも断られるようになり、任務行動中に厳しい指摘も多くなって、ガンガン出世して行くボルサリーノさんがおれの先輩ではなく上司になった時にはおれが知っている『やさしくて強くて仲良しで憧れのボルサリーノさん』は今のボルサリーノさんに近い形へ出来上がってしまっていた。つまりおれに対してだけ超冷たいツン100パーセントの上司である。

最初はおれが何かやらかしたのかと焦ったし、また仲良くしたいと思って色々と努力したものだが全て無駄。嫌われたのだと思って泣いたし意味がわからなくて苛立ったし辛く当たられて怖かった。いっそ異動したいと何度も願い出たのにその度に色んな理由をつけて却下され、ストレスしかない職場で働くこと早五年。短いようで、とても長く感じた苦痛の期間。おれはとても頑張ったと思う。というか、心を殺してボルサリーノさんについていくしかなかったので、いつの間にか時が経っていたというのか正しい。それだけの時間を無駄にしてしまったのだ。おれも、ボルサリーノさんも。

さて、その苦痛しかない状況でなぜボルサリーノさんがおれを好きか判明したかというと、簡単な話。サカズキ先輩に聞いたからだ。

ボルサリーノさんと肩を並べる実力者のサカズキ先輩とは、まだおれとボルサリーノさんが仲良しさんだった頃に三人で飲みに行くこともよくあった。おれと同期のクザンはサカズキ先輩が嫌いだし、他にも「容赦がなさすぎて怖い」という奴もいるが、おれにとってサカズキ先輩は良い先輩だ。ちょっと極端な部分はあるが、犯罪者を完膚なきまでにボコボコにするところなんて爽快感があってすごい好き。昔は合同部隊で一緒になることも多く、その度に「サカズキ先輩かっちょいー!」と討伐任務中に声援を送って「じゃかあしい!」と叱られたことも数知れず、真面目にやれと耳にタコが出来るほどお説教を頂いていたが、サカズキ先輩もサカズキ先輩で後輩に懐かれにくい性格ゆえかおれみたいに普通に話しかけてくる奴は可愛い存在だったらしい。飲みに誘えばスケジュールに無理がない限り必ず乗ってくれて、よくご馳走もしてくれた。ボルサリーノさんと飲む時にもよく「サカズキ先輩も誘ってみましょー!」と言っては「ほんとにナマエはサカズキが好きだねェ〜…」と指摘されて、その後に「わっしだけじゃあダメだって言うのかい〜?」とからかうみたいに聞かれていたが、今思えばあれはからかっていたのではなく嫉妬だったのだ。実際、ボルサリーノさんがおれに対して冷たくなってから、サカズキ先輩とはほとんど会えなくなった。お互い昇進して昔ほど行動範囲が被らなくなったというのも勿論あるが、多分ボルサリーノさんが故意におれのスケジュールをサカズキ先輩のスケジュールと合わないように管理していたのだと思う。
しかしサカズキ先輩と会って話をしなければボルサリーノさんとおれの間に流れていた誤解は確実に解けなかったのだから、ボルサリーノさんはサカズキ先輩に感謝すべきである。

先日、外せない法事で休暇をもぎとったおれは次の出勤までに完成させておくべき部隊のシフト表を本部に忘れていたことに気付いて慌ててボルサリーノさんが遠征で不在の間に本部へと取りに行った。その帰り、廊下で超久々にサカズキ先輩の後ろ姿を見かけて、思わず泣きながら飛びついてしまったのは過剰なストレスのせいだと許していただきたい。
ボルサリーノさんもういやです怖いですサカズキ先輩の部隊に引き抜いてくださいストレスではげそうですおれはもう嫌われてるんだ嫌がらせで殺されるたしゅけてしゃかじゅきしぇんぱい!!!とびゃあびゃあ泣きながら喚いたおれにサカズキ先輩はドン引きだったがそんなことはどうでもいい。落ち着けと言われても魂からの叫びは止まらず、結局殴られて物理的に黙らされた後にサカズキ先輩から聞かされた事実におれは絶句した。

「お前がああいうんが好きじゃ言うちょったんじゃろうが」と。

ちょっと…何言ってるか…わかんないです…。




サカズキ先輩からの情報を照らし合わせ、混乱の末に発覚した事実。

ボルサリーノさんは、おれのことが好き。


今までのツン100パーセントからして俄かには信じがたい事実だが、その要因から発起されたこの五年間の経緯はこうだ。

おれの好みはツンツンしたタイプと聞いて、さらにサカズキ先輩みたいな容赦ない人に好意を持っている様子から、おれに惚れているボルサリーノさんはわざとおれに冷たくし始めたらしい。
おれに会わなくなったと同時期にボルサリーノさんが後輩いびりのようなことをしていると噂で耳にしたサカズキ先輩は、ボルサリーノさんに直接「どういうことじゃ」と聞いたところ、拗ねたように「そういうのが好きだってんだよォ〜…しょうがねェだろォ〜?」と弁解した。そこでようやくサカズキさんもボルサリーノさんのおれに対する気持ちを察したらしいが、まあ確かに非情だと称される自分にも懐いてくるしそういう趣味なら上手くくっつくだろうと判断して放っておいたのだそうだ。

「違うのおれは照れ隠しみたいなツンが好きなの!デレがないと苦痛なだけなの!ボルサリーノさんはツンが強すぎてむしろ怖いの!」と腹から声を出しつつ鼻と目からも汁を出して喚いたおれにサカズキ先輩はやはりドン引きしていたが、手拭いを貸してくれるあたり久し振りに会っても良い先輩だった。しゅき…。

人の色恋沙汰に一切興味なさそうなサカズキ先輩が「それとなく言うといちゃる」とまで言わしめたおれの魂からの叫びは、どうやらボルサリーノさんにまで無事に届いたらしい。サカズキ先輩は「それとなく」って言ってたけど多分おそらく確実にドストレートに伝えたんだろう。おかげさまで最近は、ボルサリーノさんのツン100パーセントに綻びが見え始めている。


「早く報告書仕上げたらさァ〜…久し振りに飲みに連れてってやっても…いい…ん、だよォ〜…」

この五年間、一切登場しなかったデレのお出ましだ。

あからさまに態度を変えるのは恥ずかしいのか、あるいはまだツンの理由を知られていないと思っているからこそ態度を急変させるわけにいかないと思っているのか、語尾は小さくなっているし、まずデレの前にボサッとするなだのトロいだのと嫌味がつくが、ツンしかなかった時に比べれば雲泥の差である。かわいい。おれのことが好きだからこの態度だと分かっているから尚のことかわいい。こういうのだよおれがタイプだって言ったのは。

投下されたデレに反応して報告書から顔を上げれば、少し目を逸らして微かに頬を染めているおじさんがいる。そうだ、おじさんだ。今までのツンも、今のデレも、この人がおれを好きだからこそ作られている人工的なものであって、そもそもボルサリーノさん自体は全然おれのタイプじゃない。
それでも元々めちゃくちゃ仲良しさんだったボルサリーノさんを嫌いなわけもなく、おれに好かれるために仲良しさんの座を捨ててまで冷たく当たった努力を思うと、この上司でおれより強くて年上の、甘やかせるようなタイプじゃないボルサリーノさんを、かわいいなぁと思ってしまうのだ。

なので。

「いや…眠いんで…報告書終わったら普通に帰りますけど」

久々のお誘いもバッサリと断ったおれに、「……かわいくないねェ〜…」と口だけは嫌味を言いつつションボリした様子を隠しきれないボルサリーノさんをしばらく堪能しておこうと思う。
この五年間でのボルサリーノさんの最大の勘違いは、おれがツンツンされるのが好きなマゾなのではなく、ツンツンしているのを無理矢理甘やかして辱めるのが好きなサドだという点だ。

長い期間をかけて完成されるツンとデレに、まんまと落とされそうなのは癪なので、おれの気が済むまでボルサリーノさんにはいっぱいかわいいところを見せてもらおう。

おれの好みに合わせてくれるなら、マゾにだってなってくれるよね。

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