SSリクエスト祭4 | ナノ


「レイリーおにいちゃん」

やわらかく小さな手と、きらきら煌めく大きな瞳でレイリーを惹きつけたナマエは、この界隈では天使と呼ばれるほど可愛らしい少年だ。人懐っこくどこにでも愛想を振りまく様は老若男女を魅了し、心を和ませ、日に日に虜を増やしている。村の外れで捨てられていたという赤子は自身の歪んだ生まれに反して真っ直ぐに育ち、今では村民全員の子供として愛される存在だ。
あんな良い子を捨てた親の気が知れない、とはよく聞くナマエへの褒め言葉だが、レイリーの考えは違う。捨てた親に代わる庇護を得るため、誰にでも愛される存在に育ったのだ。そうでなくては、こんなにも可愛らしいのはおかしい。子供なんて鬱陶しいとしか思えないはずのレイリーが、膝に乗せられた小さな手を煩わしいと感じないなんて、そんなことはおかしいのだ。

「…村の奴らに、おれに近付くなと言われなかったか?」
「一緒にいたいんだもん。だめ?」
「悪ガキめ。まともな大人にゃなれねェぞ」
「えへ、じゃあレイリーおにいちゃんとお揃いだ」

何が嬉しいのか、くふくふと笑って膝の上によじ登ってくる『天使』はレイリーに言わせればとんだ小悪魔だ。
村民に疎まれ、下手をすれば命を狙っている輩もいるようなレイリーがナマエと出会うきっかけだとて、 こんな子供に劣情を抱く変態によって路地裏に連れ込まれたところを気紛れに助けてやったという、ちょっとした事案なのだからろくでもない。こんなガキに手を出す神経というのがその時のレイリーにはわからなかったが、こうも懐かれてしまった今なら理解出来なくもないのがまた恐ろしい話だ。
だからといって、この無防備な子供をどうこうしようだなんて思うほどレイリーは堕ちていないし、欲を吐き出す場所に困ってもいない。よじ登ってくる手足を軽く支えて助けてやりながら、深い溜息を吐いたのは己への呆れだ。何をやっているのやら。こんなガキ相手に。

「へへ、ありがと」

膝の上に尻を落ち着かせ、レイリーの腕をやわらかい手で掴んだナマエは、にこにこと笑う顔だけならばやはり天使だ。この笑顔が見たくてあの手この手で気を引こうとする大人や同年代の子供を放ってレイリーにばかり興味を示すのは、レイリーがそれらと一線を画す存在だからだと思う。小悪魔のような誘惑をその魅力に潜めるくせして、まだ無垢で善悪の区別がつかないナマエは、レイリーがどんな人間かも知らずにいる。存在感や影響力の強さを嗅ぎ取って近くにいたがるのだとしたなら、やはりこの子供は強者の庇護を得るためにこんなにも愛らしく育ったのだ。そうでなければ、レイリーは自分のこの感情に説明がつけられない。

「ナマエね、レイリーおにいちゃんのこと、いちばんだいすき」

ずっと一緒にいてねと、溶けた綿菓子みたいに笑う顔をまるでこの世の救いのように思うだなんて。
そんなのはおかしい。
おかしい。

おかしなことだ。



***



「よおレイリー」

ゆるく肌を撫でてくる指先とニンマリ笑う唇でレイリーを引き寄せたナマエは、悪魔のような魅力を持った青年だ。
気紛れで我儘で奔放な性格と、特別美しいというわけでもないはずなのに老若男女を魅了する色気は抗い難い媚薬のように視覚や聴覚、感覚の全てを犯して堕落させようとしてくる。彼は自分がどれだけ魅力的で、どんな風に相手を煽れば掌の上で転がってくれるのか、足元に跪きこうべを垂れさせることが出来るのかを全て知っているのだ。いや、そうでなくとも、癖だとでもいうのか日常の一挙手一投足が人の欲を煽ってしまうというのだから罪作りな悪魔がこの世に生まれてしまった。神がいるなら嘆くべきだ。
通りすがる人々、目を合わせた人々、可哀想に関わりを持ってしまった人々が、彼を見て赤面し、視線を奪われたかのように動けなくなる様は何度も見てきた。
ギラギラとした欲を孕んだ目で見つめられてなお、人が自分に狂う様を見てニンマリと笑う顔が化け物じみているとさえ思う。

どうしてそんな風に育ってしまったんだ、と久しぶりに再会した時レイリーは嘆いた。「あんたのせいだよ」とナマエは笑った。にやにや。そこにあの頃の面影などない。冗談か嘘か本気かもわからないような顔。再会したときだとて、彼をあの時の子供だと認めるまでに随分と時間がかかってしまったものだ。

「…お前、見張り番じゃなかったか」
「代わりたいって奴がいてなァ?やァ、今日はとっても日差しが強い。助かったよ」
「クソガキめ。また思わせぶりな態度を取ったんだろう」

にやにや。笑みを深くして何も答えないナマエに、「ろくでもねェな」とレイリーは呆れた声を出した。引き寄せたレイリーの首筋をするりと撫でながら猫のように膝に乗ってきたナマエは、あの頃と違ってとても重い。当たり前だ。成人している男である。こんなスキンシップなど、小さな子供か恋人にしか許されない距離感のはずだ。ナマエはもはや小さな子供ではない。恋人にしたつもりもない。だというのに、この距離感で不快にならないのは、

「おれの為に働きたいっていうんだ、かわいいやつじゃあねェか」

甘ったるい声で他の男を褒めるくせ、いかにもレイリーが特別といった態度で体を擦り寄せる体温が不思議なほど自然と馴染んでくるせいだ。こうして接するのが当たり前、と思わせる術をナマエは持っていて、それだけがあの頃の、天使と呼ばれていた幼い頃のナマエと変わりない。ただ決定的に違うのは、その才能を自覚しているかどうかだ。

「…むやみやたらと期待を持たせるようなことをするな。なんのために一人部屋にしてやったと思ってる」
「好みのタイプを連れ込みやすくするため?」
「バカ言え」

こつん、と額を軽く殴ると、分かっていてふざけたナマエは楽しそうに目元を緩ませた。船員は通常大部屋でまとまって寝泊まりするのを、ナマエだけ例外的に小さいながらも個室が与えられているのは、幾度か彼の色気にあてられた馬鹿が我慢出来ずに寝込みを襲ったからだ。日中なら軽くあしらうか遊びに付き合ってやったのだろうが、寝起きが凄まじく機嫌の悪いナマエは周囲の寝ている仲間まで巻き添えにして返り討ちにした。一度二度ならまだしもそんなことが頻繁に起こるものだから、鍵付きの小さな部屋を彼に与えてやったのは当然の対処だと言えるだろう。ロジャーには過保護だと笑われたが、それは周りでどれだけ騒いでいてもグースカ寝ていられる神経あっての言い分だ。レイリーの判断のおかげで今のところ船内の風紀は守られ、無用な争いも治まっているのだからもう少し褒められてもおかしくはないのだと思うのだが、我らの大雑把な船長はそこらへんの苦労を一切汲んではくれないらしい。

「全く、お前といいロジャーといい…こっちの苦労も知らないで…」
「何言ってんだ、レイリーだろ?」
「…なに?」
「レイリーが、おれを他の奴に触らせるのが、嫌なだけだろ?」

だからおれを大事に仕舞い込んだんだろ、と言い聞かせる口元が、人を惑わす猫のようににんまりと笑っている。からかっているだけだ。知っている。夜に暴れられては迷惑だという理由以外で個室を与えた意図などなく、ロジャーが言うように過保護なわけでも、ナマエが言うような嫉妬でもない。そんなことはレイリー自身が一番分かっていて、自分自身を疑う余地もないのは明白だ。

バカ言え、ともう一度言って叩こうとしたレイリーの手に、するりとナマエの指が絡む。否定をするのは間違いだと言われているような気がした。楽しそうに歪む目元。レイリーの嫉妬心を喜んでいるようにも見える口元。

「心配しなくてもいいのに」

恋人を安心させるような顔で、お前が一番だよと言わんばかりにナマエは笑う。
けれどレイリーは知っているのだ。今のナマエは、レイリーが『いちばん』ではない。ずっと一緒にいてね、と乞われていたのに、ずっと一緒にはいてやれなかった。あの島に置いてきた時から、レイリーがナマエの一番になることはもうないのだと、レイリーは知っている。知っているのに。

「…そうやって人をタラし込んでいるのか?」
「ふ、タラし込まれてると思うのか?この程度で?」

くつくつと楽しそうに笑うナマエは、あの時、出航するレイリーを泣きながら追いかけてきた子供とは重ならない。悪辣な顔で、人をからかって遊び、心を弄んで楽しむような悪魔に成長してしまった。

「なァ、ヤキモチなんて妬くなよ。お前で遊ぶのがいちばん楽しいよ、レイリー」

あの時の『いちばん』と、今の『いちばん』が持つ意味はまるきり違う。
それでも彼が楽しそうに笑ってレイリーにくっついているだけで、過去の罪を許されたような気になってしまうだなんて。
そんなのはおかしい。
おかしい。

おかしなことだ。

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