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「寒いんだから、しょうがないだろう」

じっとりとナマエを睨んでくるルッチの苛立ちの原因は、ナマエの膨らんだ腹にある。もちろん肥満体型ではないナマエの腹が膨らんでいるのはそこに脂肪を蓄えているからではない。ナマエの体温で暖を取ろうと潜り込んだハットリが、そのままそこですやすやと眠ってしまったのだ。

エニエス・ロビーが冬に近づくにつれて羽が膨らみ、ふわふわと丸くなって体を冷やさないようにしているハットリの体でも、それで寒さに対して万全なのかといえばそうでもないようだった。
屋外での作業が多いため、裏地が起毛素材になっている厚手のパーカーを着込んでいたナマエに近付いた途端、ルッチの肩を離れてナマエの懐へと潜り込んでしまった。
咄嗟に裾から落ちないよう手を添えてやれば、しばらくもぞもぞと体を動かした後で動かなくなる。どうやらナマエの体温で暖を取るつもりのようだ。
普段、友情か忠誠か懐柔かは知らないが滅多なことではルッチから離れないハットリがナマエを見た途端甘えるように擦り寄ってきたのは特別な動物好きでなくとも可愛く思ってしまうだろう。異常なほど動植物に愛情を注ぐナマエにしてみれば、当然可愛い。
腹の中で腰を落ち着けてしまった鳩にデレデレと相好を崩すと、しかし途端に飛んできたのは殺気だ。じっとりとナマエを睨むルッチの目。勝手に離れてナマエの腹に懐くハットリに苛立っているのか、それとも懐くハットリにデレデレしているナマエに苛立っているのか。答えは両方だが、明らかに後者の割合が強いだろう。ナマエが『ミケ』に甘く噛まれても引っかかれても怒らないのと同様、ルッチはハットリに甘い。そして今現在ルッチは『ミケ』ではないので、ナマエが優先するのはハットリだ。ルッチもそれを理解しているので、ナマエに対してとても苛立っている。

「君は基本的に薄着だからなァ。スーツだけで、寒くないの?」
「お前のような貧弱な体と一緒にするな」
「そうか、寒くないのか」

おれたちは寒いよなァ、ハットリ。
甘やかすようにそう言いながら腹にいるハットリを服の上から撫でれば、心地良い感触に機嫌よく「ポー」と一声鳴いた。布団代わりの暖かいパーカーとナマエの体温に挟まれ、さらにマッサージのような手の感触。潜り込まれた時よりもハットリの体が暖かく感じるのは、おそらく眠くなっているからだろう。ルッチがここに来たということは今は任務もないということなので、ゆっくりしていけばいい。
ルッチがそれを許せば、の話だが。

「…調子に乗るなよ」

腕だけを豹の姿に変化させて、鋭い爪がナマエの首筋を這う。いらいらすると暴力に訴える癖は良くないと思うが、その反面内心がわかりやすくて結構なことだ。さらに今に限って言えば、ハットリがナマエの腹にいるので打ちのめすほどの暴力をふるえないのがルッチの苛立ちを煽っているようだった。
他の動物に目尻を下げているナマエはムカつく。しかしハットリが暖を取っているのを邪魔したくはない。
視線だけで人を殺せそうな目つきでナマエを睨むルッチは、一言『おれも』と言えないのが可哀想で可愛い。願えばいくらだって、ルッチが『ミケ』でなくたって、いくらでも熱を分けてやるというのに。

「…腹があったかいなァ」
「黙れ」
「今夜一緒に寝ないようか、ハットリ」
「ふざけるな」
「最近寒くて、寝つきが悪いんだ」
「凍死してろ、バカヤロウ」

ナマエがルッチを無視して腹ですやすやと眠るハットリに話しかける度、ガリガリと首に新しい引っ掻き傷が増えていく。「じゃあ、ルッチでもいいよ。『ミケ』なら最高だけど」。ルッチを軽んじる代替案にとうとう耐え切れなくなったのか、とうとうナマエを殴り倒したルッチは馬乗りになってナマエの胸倉を掴んだ。ベッドにしている体が突然ぐらついて驚いたのか、パーカーの中でじたばたと暴れているハットリが哀れだ。するすると手で撫でれば落ち着いてまた大人しくなるのが、さすがルッチの飼鳥というべきか。肝が据わっている。

「…ごめんごめん、冗談だよ」
「二度と減らず口を叩けないようにしてやろうか」
「怒らないで、ほら、ハットリが驚くだろう」
「……」

むすりと引き結んだ唇に触れるだけのキスを落とすと、お返しに容赦なく噛み付かれた。がぶがぶと肉を食うように皮膚を裂かれて、引っ掻かれた首や頬だけではなく口元まで真っ赤になってしまう。「地面の上は寒いよ、ルッチ」。冷えていく体はきっと気温のせいだけではない。それを知ってか知らずか、ルッチは噛むのをやめ、腹にいるハットリをうまいこと避けながらナマエの体に重なって寝そべった。

「凍え死ね、バカヤロウ」

そうは言うくせ、ハットリを取り上げず、離れようともしないルッチをかわいいと思う。だらだらと流れていく血液が体温を下げていくのを感じながら、ナマエは何も言わずにルッチの髪を梳いた。随分と凶暴な湯たんぽは、きっと今夜も布団に潜り込んでくることだろう。「ハットリが寒がる」という大義名分を与えてくれた愛くるしい鳩を、ナマエはもう一度パーカーの上から撫で付けてやった。

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