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「無駄を承知で言うんだが」

口の端を無理に吊り上げたような笑顔で吐いた前置きは、友人に話しかけるように軽々しくて気安い。しかし親しみのある声色とはかけ離れ、「即刻この国から出て行ってくれないか」と続けられた本題に、クロコダイルは眉尻をくいと上げた。
無駄を承知でと言う割に本気の願いらしいが、残念ながら承知の通りそれは聞けない願いだ。クロコダイルにはこの国でなければならない理由がある。野心のための目論見がある。そしてその目論見のために、目の前の男も潰しておかなくてはならない一人だ。


ネフェルタリ・ナマエ。
現国王ネフェルタリ・コブラの実弟で、この国と周辺諸国を繋ぐ外交官。噂で聞いた限りはへらへらした優男かと思っていたが、対峙してみればなかなかどうして肝が据わっているようだ。王族のくせ単身海に出て行く無防備な男だということだが、それは実力に裏付けされた自信があっての行動なのかもしれない。現にこうして、政府公認の七武海であるといえ海賊と向き合って怯んだ様子ひとつ見せはしないのだから、その度胸だけは褒めてやってもいいだろう。あるいは、自分と相手の実力差もわからない馬鹿という可能性もある。

「これはこれは…藪から棒に。なぜだか理由を聞いても?」

そんなことを言われる筋合いはないのだとばかりにわざと仰々しく肩を竦めながら問いかけてみれば、ナマエは首を小さく傾げて困ったように眉を寄せる。

「おれは臆病なもんで、政府に認められているといえど海賊は恐ろしくってね。この国を根城にされては、不安で夜も眠れない」

白々しいセリフだ。臆病な男が、護衛もつけず一人きり、海賊に向かって、この国を出て行けと言い出すだろうか。クハハ、と冗談を笑い飛ばすように声を上げたクロコダイルに、ナマエは目を細めた。笑っているのか、苛立っているのかはわからい表情の変化は彼の腹の底を余計に読めなくさせている。その顔を見て、クロコダイルは確信した。この男は早々に、消しておかなくてはならない人物だと。


当初の予定では、直接手を下さず身内同士で潰し合わせることを画策していた。クロコダイルがこの国を壊すために仕掛けた計略のひとつ、ダンスパウダーの使用疑惑は国民から国王へ対しての不信感と同時に、宮殿内での猜疑心を煽ることにも一役買ってくれている。
国王を信頼する臣下は、王弟殿下であるナマエが国王の座を狙って仕掛けた罠ではないかと疑うだろう。もちろん身に覚えのないナマエは、国王こそが国民を裏切ってダンスパウダーを利用していたのかと軽蔑してもおかしくはない。なにせ、決して仲のいい兄弟ではないという情報を得ている。お互いがお互いに疑い、さらに険悪な仲となってくれれば御の字。国王よりも立場の弱いナマエに罪が被されば重畳だ。今やこの国の英雄として名高いクロコダイルが黒幕ではないかと目を向けるようなものは、国民はおろか王宮にすらいなくなるに違いないと、そういう算段であった。

しかしどうやらクロコダイルは、ナマエという男を甘く見ていたようだ。
このタイミングで、単身、他の誰でもなくクロコダイルの前に現れたナマエは、何かしらの情報を掴んでいるとしか思えない。
兵も連れず一人で来たのは確信が得られていないからか、一人でもどうにか出来ると思っている阿保なのか、何か策があってカマをかけているだけなのか。あるいはもはや宮殿内に彼を信用するものはおらず、自棄になっての行動なのか。
腹の底が見えない、ある意味この国で一番注意せねばならない人物のようだが、自らがクロコダイルの前に出て来たのは悪手も悪手、最悪の失策だろう。彼自身が囮になることで何らかの情報を王家に伝えるよう画策されていたとしても、もはやクロコダイルの触手は国王軍の中にまで伸びている。ナマエについての悪評を流すことも、情報が正しく伝わらないよう操作することも、あるいはナマエに腹心がいるのであればそれが誰かを探ることも容易なのだ。今更彼がどう出たとしても、揉み消せるだけの下準備は済ませてある。

「そう目の敵にされるとは心外だな。おれはこの国に利益しかもたらしていねェはずだが?」
「ははは」

冗談を笑い飛ばすように、今度はナマエがクロコダイルの言葉に笑い声を上げた。ぴくりと眉を動かしたクロコダイルに、ナマエの顔は笑顔を無理矢理貼り付けたような得体の知れない表情のまま、「確かにね、利益しかもたらしていないなら」と、まるで『利益以外ももたらしているだろう』と責めんばかりの含みを持たせて相槌を打った。明らかに何らかの情報を掴んでいると言わんばかりだが、白々しくも彼はまだ自分を単なる臆病な男だと偽るらしい。弱々しく首を振って「まあ、なに。気にしないでくれ。小心者からの些細なおねだりさ」と宣った。

「なにせ最近この国はどうにもキナ臭くてね、強大な存在を近くにすると今にも害されるのではないかと怯えて夜も眠れない」
「クハハ、心中お察しするぜ。ダンスパウダーの一件はこちらの耳にも入っている。国王様が禁止薬物を使っているだなんて、弟のアンタにゃあ受け入れがたい事実だろう。…いや、もしやアンタも知っていてのことか?」
「………ふ」

息を吐き出すように呟いた声は、笑っているようにも、ふざけるなと憤っているようにも聞こえた。笑顔の皮は外れることもなく、無表情にも近い硬さで顔に張り付いていて変わらない。この瞬間、確かにナマエとクロコダイルは腹の探り合いをしていた。なにが小心者か。食えない男だと、クロコダイルも笑みを浮かべたまま心中で舌打ちをする。

「…おれは自分本位な男でね。国王様のように国のためを思って動くなんて出来ないものだから、あの人が王様でないと困るんだ」

その言葉は何に対しての宣言なのか。国を壊そうと画策するクロコダイルへの牽制か、あるいは王座を狙っているわけではないという申し開きなのか。真意を探ろうと口を開いたクロコダイルを制すように、ナマエは右手を上げて話を終わりにした。

「無駄なことは最初から承知の上だ。時間をとらせてすまなかったな」
「…なァに、王族から声を掛けられるなんざ光栄なことだ」

思ってもいないことを口から出して、踵を返す男の背中を見送った。
無駄を承知しているのなら、言わなければ良かったものを。喉の奥で笑い声を上げて、すぐさま電伝虫を手に取る。連絡した先のミス・オールサンデーに任務を言いつけるのは今すぐに手をつけるべきこと。邪魔者の排除。懸念事項の抹消。

「…ネフェルタリ・ナマエを始末しておけ。残骸も残さず、この国から逃げたように見せかけてな」

全ては計画通りにいかなければならない。
多少鼻のきく男がいたところで、この完璧な謀に傷がつくことなどないのだと、彼には思い知っていただくこととしよう。

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