調理場でミルクとブランデーを拝借して温め、手持ちのハチミツを少し。それとホットワインにスライスオレンジを入れたものも一緒に用意してペルの部屋に持っていくと、ベッドの中で待つように言っておいたペルは申し訳なさそうに眉を下げていたが、おれは久々に彼に甘えてもらえたようで嬉しかった。
ビビが生まれた頃をきっかけにして、少しずつよそよそしく、話すことも少なくなっていってしまったペル。護衛隊としての自負が育ち、誰かに甘えることをよしとしない自立心から来ているのであればそれは喜ばしき成長なのだろうが、おれは彼におれ自身が無能であると気付かれるのが怖かった。出会ったばかりの頃は、大人と子供というだけで力の差があったけれど、護衛隊屈指の実力にまで育ってしまった今では、おれがどれだけ無力で、無知で、なんの目的もなく遊びほうけているだけの男だということに、いつ気づかれてもおかしくはないのだ。
ペルと出会った当初は、未来のアラバスタをその尊いほどの忠誠心と決断力で救う男に優しくしてやりたいだけだった。けれど懐かれればかわいくて、かわいくなると嫌われるのが怖くなる。
その清らかな精神と類まれなる実力で己を鍛えてきたペルと、有名無実の権力で周囲に気を遣わせてろくに打ち合いもしてもらえないようなおれは違う。ろくでもない人間が蔑まれるのは当然で、けれどその当然が怖くなってしまうおれはどこまでも矮小な人間だ。
だから、ペルが今でもおれに甘えてくれると、とても嬉しい。嫌われていない、蔑まれていない、見透かされていないと分かると嬉しくて、浅ましいと分かっていても、また甘やかして優しくしてやりたくなってしまう。
「熱いから、火傷しないようにな」
「…はい」
ベッドの中で上半身だけ起こして、ブランデーとハチミツが入ったミルクの方を受け取り、湯気のたつマグカップを両手で握り締めたペルは、ふうふうと息を吹きかけて冷ましながら少しずつミルクを飲んでいる。かわいいな。こうしていると、昔に戻ったみたいだ。おれの足元にまとわりついて、遊んでという代わりに稽古をねだっていた。おれなんかがペルの力になるような稽古なんて付けられるわけもなく、ちゃんばらごっこに付き合ってやるのが精一杯だったけれど、その程度で喜んでくれていた昔。
護衛隊に入る頃になっても純粋で素直で真面目なペルは「私にお供をさせてください」と申し出てくれたが、遊びほうけているだけのおれはとてつもない罪悪感に襲われて適当なことを言ってはぐらかしてしまった。「この国で一番強くなったらね」、なんて、アラバスタ最強の戦士なんて言われる頃にはおれの正体も見破って蔑むに決まっているのに。最近はそんなことを言ってくれることもなくなって、やはりおれの薄っぺらい人間性に気付いたのかと戦々恐々としていたが、こうやって普通に話して、甘えてくれればとても嬉しい。
ミルクを少しずつ飲みながら、ちらちらと視線を動かすペルの顔をベッドの縁に座って覗き込む。久しぶりだからか戸惑ってはいるようだが、嫌がってはいないはずだ。そうであってほしい。これで迷惑がられていたら、おれは泣く。自分の歳も忘れて号泣する。
「…あの、」
「ん?こっちも飲むか?」
「あ、いえ…いえ、はい、いただきます…」
ミルクが口に合わなかった時のためにと用意していたホットワインも手渡せば、もごもごと返事をしながら口をつけた。代わりに受け取った飲みかけのカップにおれも口をつけてみると、ハチミツの柔らかい甘さと香り高いブランデーのアルコールが喉を通って、胃の中でじわりと熱を産んでくれる。これならすぐに体も温まってよく眠れるだろうと出来に満足していると、その効果が早速出ているのか、ペルはとろんとした目でおれに視線を向けながら、ほんのりと頬を染めて眠そうにしている。
「眠くなってきたか?」
「…いえ…まだ…」
「そうか?顔あっついぞ。あったまってきたんだろ」
「ん…」
色づいた頬を撫でれば、火照った皮膚に触れたおれの手が冷たかったのかむずがるように呻いて、そのまま掌に擦り寄ってくる。眠くなってきているのは明らかだというのに、「寝るか?ほら、カップ片付けといてやるから」と促しても「まだいやです、いや」と頑是無い子供のように駄々を捏ねるのは、飲み足りないからだろうか。おれが旅に出る時の、行かないでとぐずる時のビビそっくりだ。幼い時でさえワガママを言うこともなく、ぐずることもなかったペルにしては珍しい。
「大丈夫、ゆっくりでいいよ」
頬を撫で、髪を梳いて、力の抜けてきた指がカップを落とさないように手を添えてやると、シャツの袖をぎゅうと掴まれた。それから傾いてきた頭がおれの肩に落ちて、やがてそのまま穏やかな寝息が聞こえてきた。おれのシャツはペルに握られたまま。ペルの頭はおれに支えられたまま。
…まいったぞ。動けなくなってしまった。