ペル長編 | ナノ


あの子とわたしとあなたとほか  




アラバスタ国王、コブラの実弟であるマムシは、とても気難しい男である。
それを国民に言えばおそらく満場一致で否定されるであろうが、実兄であるコブラや近くで彼を見守ってきた臣下にとってはそれが真実だった。

十ほども離れて生まれた弟を、コブラとて可愛く思わなかったわけではなかった。腕に抱いた小さな命を守ろうと幼いながらも腹に決め、親と一緒に見守ってきたつもりだ。王家の次兄だからと肩身が狭くならないよう家臣も一丸となって愛情を注いできたというのに、マムシは物心つかない頃から癇癪が激しく、しかし自我が芽生える時期にはそれはぴたりと止まって、不自然なほど大人びた子供になってしまった。一人で過ごすことを好み、誰にも心を開かず、けれど他人と接する時にはきちんと笑顔で対応するような、教育された『大人』の姿だ。
コブラが構えば嫌な顔ひとつ見せず喜んで遊びに付き合うが、それは幼い子供を相手にしているというよりも、世間を知った大人に接待されているような錯覚をしてしまうほどマムシにはそつがなかった。癇癪が激しかったのも赤子の頃だけで、コブラの記憶の中に彼の怒りの表情はない。いつだって柔らかく笑っている、作り物の顔ばかりだ。どうしてこうなってしまったのかわからないが、王家の空気というものは当人にしかわからない圧力がある。当時既に後継者であることが決まっていたコブラとは違い、幾分か自由の利く代わりに危うい立場でもある次兄のマムシには、誰にも察せないプレッシャーがのしかかっていたのかもしれない。

「好きに生きていいんだ。私たちはみんな、お前を愛しているから」。少しでも彼の心を軽くしたくて告げた言葉に、マムシは笑った。いつもの柔らかい表情で困ったように微笑んで、それからだ。コブラを避けて過ごすようになったのは。何を話し掛けても他人行儀な反応しかなく、かといって表立って不快を露わにしたわけでもないのだから仲直りのしようもない。
王家のものでありながら護衛隊に混じって体を鍛え始めたのもその頃からだった。その後からアラバスタを出て近隣の国へ出かけることが多くなったことを考えれば、彼はきっとコブラの言葉に更なるプレッシャーを感じてしまったのだろう。そんなつもりではなかったのだと、今更伝えてももう遅い。近づこうとすれば壁を作られ、距離を置けば遠ざかっていってしまう。どう付き合えばいいのか慎重になっているうちに、彼はアラバスタへいることの方が少なくなってしまった。今や当然となっている『外交官』という役職も、結局はアラバスタより外の国の方へ居場所を見つけた結果に他ならない。その証拠に、外交官と言いながらも彼は誰にも相談をしないし、誰にも頼らない。「仲良くなったのがその国の主要人物だった」と、偶然を装って利益だけをアラバスタに持って帰ってくるのだ。兄として誇らしく、そしてとても寂しかった。

彼が抱え込む孤独を癒してやれたらと、今は亡き父母も、王となった自分も、マムシを慕う臣下も、きっと誰もが想っていた。けれど彼は優しい笑顔で全てを突き放して一人で立っていようとするから、誰もが想いながら、誰もが彼の心に添うことは出来なかったのだ。目には見えない不可侵の領域は長いこと破られることもなく、ようやく踏み込んでいくことが出来たのは実兄のコブラや長年見守ってきた臣下ではない。たった一人の少年だった。
「ペル、ペル、こっちへおいで、一緒に遊ぼう」。宮殿の誰にも向けたことがないような甘い声で誘う相手は、護衛隊への入隊を希望して鍛錬を重ねるペルという少年だった。遊ぼう、と言ってじゃれあうだけの打ち合いをして、腕に抱きかかえて、他愛もない話をして、菓子を一緒に食べて。それらは全てコブラがマムシにしてやりたかったことだが、マムシはそれを他所の少年と、しかも自分が施す方で叶えてしまった。切ない気持ちももちろんあったが、あんなにも穏やかなマムシの顔を見たことはなかったのだから邪魔をできるはずもない。決して自分の主張を前に出さないマムシが、「ペルはきっとおれの大切な人達を守ってくれる」と太鼓判を押して可愛がった少年は確かにその才能を発揮し、今では護衛隊屈指の実力者だ。
他にもイガラムやチャカといった、突出した実力を持つものもいる中で、何故ペルだけが彼にあんなにも可愛がられたのかはわからないが、きっとマムシにしか見出せない魅力がペルにはあったのだろう。
コブラの娘であるビビに対しても、マムシはかつてのペルと同じように接している。コブラにとっては自慢の娘だ。かわいいのだから、かわいがるのもわかる。    けれど。

「ビビ、ビビ、久しぶりだね、こっちへおいで。一緒に遊ぼう」

優しく名前を呼んで、抱き上げて、たったそれだけで嬉しそうに笑っている娘の顔を見ていると、少しばかり嫉妬の感情が出てきてしまうのは仕方のないことだろう。娘に懐かれている弟が妬ましいのか、弟を独占出来る娘が羨ましいのか、それはコブラにも判断することが出来なかったけれど。


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