年が離れているせいか、あるいは立場の違いのせいか。似ているところが少ないせいで、彼が「そう」であるということは誰もが初めは気付かない。
ペルもそうだ。例には漏れず、彼を単なる護衛兵の一人だと思っていた。
「ペル、ペル、こっちにおいで。一緒に遊ぼう」
まだ幼さの残る容姿で、護衛隊への入隊を目指して日々鍛錬を重ねるペルを気に入ったのだろう。会う度ペットのように気安く呼んで、戯れるように剣の稽古をつけてくれた。優しい人だった。優しいだけの人だったので成果の出るような稽古は付けてくれなかったけれど、幼いペルが懐くには十分なほど優しくて、何も教えてくれない人だった。
彼の名前はマムシ。アラバスタ国王コブラの実の弟である。
同じ種と腹から生まれ、確かに血の繋がりはあるはずなのに、似てない兄弟だと誰もが言う。兄のような威厳はなく、人を圧倒する気迫もない。へらへらと頬を緩ませて笑う表情は気が抜けていて見下されやすく、余所のお偉方には一目見るだけで彼を軽く扱う輩もいた。
けれど彼にはそれを補って余りあるほどの飛び抜けた行動力があった。誰も知らないうちに軽いフットワークで周辺諸国へ出掛けてはその地の調査を行ない主要人物と親交を深め、友好関係を築いてくるという大事な責務を、平然とした顔でやってのけてくるのだ。
「おれなんか、好き勝手出歩いた先で仲良くなった人と飲んでるだけの放蕩息子だよ」と彼は言う。確かにふらりと出歩いて何日間も行方をくらます姿は、内情を知らない人間が見ればそう取られても仕方ないだろう。けれど彼の功績で外国から物資が届いたことがあれば、長年対立していた国家と和解を済ませた事実もある。
威厳はない、気迫もない。けれど兄に負けないくらいに偉大で優秀な人であるということは、アラバスタ国民の全てが知っている。それを鼻にかけず、卑屈なほど謙遜する性格をペルは大人になってから知った。兄を敬いながらも、どこか遠ざけていることも。
年の差、立場の違い、あるいは環境。同じ腹から生まれても、同じように育たない要因はいくらでもあるのだ。それでもどうしたって偉大な兄と自分を比べてしまうのだろう彼は、けれどいつだってペルにとっては唯一の人だった。
入隊を目指すペルの頭を撫でて、「頑張っているな」と甘い声で誉めそやし、遊び相手になることも厭わず、菓子を与え、溺愛と言っても過言ではないほど可愛がられた自覚がある。だからこそ彼が護衛兵の一人ではなく、ペルが将来仕えるべき王の親族だったと知った時はショックで顔も見れなくなったほどだが、それでも彼の態度はいつまで経っても変わらなかった。
「おれは何にも出来ないけれど、人を見る目は確かなんだよ。ペルはきっとおれの大切な人達を守ってくれる立派な兵士になる。国のために頑張る子を国王の弟であるおれが可愛がって何が悪いんだ?」
普段決して自分の正当性を主張しないくせに、ペルを褒めるときばかりはなんの臆面もなくそう言い放って、ペルが彼を「マムシさん」ではなく「マムシ様」と呼ぶようになっても、褒められてはにかむような子供ではなくなっても、どんどん力をつけて護衛隊屈指の実力者になっても、ペルは変わらずマムシのお気に入りだった。不思議なほど愛されていた。甘やかされていた。大事にされていた。誰よりも優先されていた。
彼にとっては姪にあたる、ビビが生まれる前までは。