SSリクエスト祭3 | ナノ


ダズ・ボーネスは真面目な実力主義者である。
地獄の底で彼を拾った主とは一度二度しか言葉を交わした程度の浅く短い仲ではあったが、ついていってもいいと思えたのは政府お墨付きの実力があったからだ。全てを砂に帰す能力も、一国を陥れるほどの知力も、アラバスタの裏側に関わったダズは全てを知っている。だからこそ彼の誘いには一も二もなく応を答え、そして自由の身となったあとでも行動を共にすることにした。それは彼がクロコダイルだからだ。クロコダイルは難儀な性格をしているが、だからこそ分かりやすい。冷徹で、頭が良く、そして誰のことも信用しない。ダズよりもはっきりとした実力主義者だからこそ、地獄の底から這い上がるためとは言え彼に選ばれたことは誇りある栄誉であった。

ナマエという男がいる。能力者ではない、普通の、せいぜい殴り合いぐらいならばまともに出来る程度の男だ。
せいぜいチンピラ風情の男にダズが関心を寄せるようになったのは、クロコダイルの使用人だからというわけではない。使用人のくせに、クロコダイルに舐めた口をきき、喧嘩を売り、それでも殺されていないからだ。
利用価値のある特殊能力でも有しているのかと思えばそれもない。脱獄してから彼もクロコダイルについていくようにして同じ船に乗るようになったが、せいぜい家事に特化している程度の、それどころか能力者にとっては少々厄介な不運を引き寄せる体質の男である。
なんの呪いをその身に孕んでいるのやら、ナマエは異常なほどまでに水を引き寄せる体質だ。蛇口をひねればコックが外れ、突然の高波が彼個人をめがけて襲い、昨日までなんの異変もなかった見張り台がへし折れて彼を乗せたまま海へダイブしたこともあった。
不憫とさえ言える現象の数々をきっかけにクロコダイルとナマエは飽きずに毎日罵ったり煽ったりと忙しく、クロコダイルの機嫌が悪ければ殴り合いに発展することさえある。
だというのに、死なない。クロコダイルの機嫌を損ね、反抗しておいて、殺されない。それが不思議だ。
妙に頑丈な身体をもってはいるが、不死なわけではない。クロコダイルに対抗出来るほどの実力を持っているわけでも。だというのに、死なないというのはダズから見ればとても不思議なことだった。付き合いが浅いダズといえど、クロコダイルの残虐性はすぐに理解が出来る。利用価値のあるものは手元に置くが、懐に入れるわけではない。裏切れば殺す。嘘をついても殺す。反抗すればもちろん殺す。ある種とてもわかりやすい判断しか下さないクロコダイルのもとで、家事雑用を請け負うくらいしか価値のない使用人風情がなぜ今もこうしてクロコダイルと行動を共にし、そしてなおかつ喧嘩しながらも殺されていないのか。ダズにはさっぱりわからない。

「…ボスと、なにか、特別な関係なのか」
「………」
「…なんだその顔は」

何言ってんだこいつ、と言わんばかりの嫌そうな、あるいは心外そうな顔を向けられて、決して口が上手くないダズは威圧的な言葉でしか先を促せなかった。元殺し屋と、元七武海。その二人に囲まれた使用人という名の一般人は、平気で相手を軽んじた態度を取ってくる。度胸があるのかはわからないが、ダズも気が長い方ではない。さっさと答えろとばかりに眉をひそめるが、その顔に怯えることもなく彼は「別に」と簡潔に答えるだけだった。

「単なる雇用主と労働者だよ」
「そうは見えないが」
「そうでもなけりゃあんな性悪の面倒見てやる理由がどこにあんだ」

「せいぜい付き合いが長いって程度だろ。あいつの歪んだ性格はよーく理解してる」。平気で悪態をつくくせに、その手元にあるのはクロコダイルのために淹れている紅茶のポットだ。生活の一部のように自然とクロコダイルの世話をするナマエは、決して嫌々行っているようには見えない。そしてそれはクロコダイルにも言えることだ。彼より優秀な使用人はいくらでもいたことだろう。従順で、反抗するような力などなく、そしてあんな呪われた体質でない使用人などいくらでも。だというのにクロコダイルはずっと以前から彼を使い、生かし、そしてあの地獄を抜け出てからも連れてきた。なにより自分の目につかないところで淹れられた紅茶を、平気で口にするのだ。外食の際には一口ずつナマエの口に押し込んでからでないと決して食べようともしなかったクロコダイルが、ナマエの手がけたものだけは平気で。それに気付いた時に、ダズの違和感は益々強くなった。あれではまるで、特別な関係だと言っているようなものではないか。

「…おい、おせえ。茶ァ淹れるのにどんだけ掛かってんだクズ野郎」
「あーはいはい、今持ってくよ」

不機嫌そうな顔で姿を現したクロコダイルが、ナマエに文句を言って、ナマエはおざなりに返事をする。いつもの光景だ。ダズはそれを少し離れたところから見ている。
けれど今日はナマエに話しかけるために近づいていたからだろうか。クロコダイルはナマエから紅茶を受け取る一瞬、ダズの方へと視線を向けた。きりきりと、見定めるような、冷たい目つき。初めて会った時でも受けたことのないような視線に、ダズはやはりナマエは本当のことを言っていないと気付いた。

こんな、自分のものに手を出す泥棒猫を見るような目で睨まれて「単なる雇用主と労働者」だなんて。

そんなことがあってたまるか。

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