SSリクエスト祭3 | ナノ


酒を飲むと涙腺がゆるくなってしまうのは体質なのか、それとも悲しい記憶が多いせいなのか、自分のことながらコラソンにはわからない。ドフラミンゴのもとにいるときはあまり深酒をしないようにしていたが、それでも一定以上の酒量を摂取してしまうとどうしようもなく悲しくなってしまう。自分でも処理できない感情の波を、引き起こすきっかけは大抵彼であり、そして鎮めてくれるのも彼だった。


「どうした?なにがそんなに悲しい?」

コラソンの大きな身体を膝の上に乗せて宥めるように優しく問いかけながら、ナマエは頬にキスを落とした。
ドフラミンゴによる暴行で負った傷も全快し、三人で越してきた新居での生活にも慣れた頃、ローが寝入ったあとで「快気祝いに少し飲もうか」とナマエが用意してくれたワインを二人で一本空けてしまった結果がこれだ。今までのことを思い出していくうちにどうしようもなく悲しくなってきてしまって、蛇口の壊れた水道のように瞳からぼろぼろと涙が止まらなくなってしまった。慌てることもなく「どうした?」とコラソンを抱きしめるナマエも、これはこれで酔っている。アルコールが入るとスキンシップが多くなり、まるで口説いているかのように相手を褒め殺す酒癖は、ターゲットになるとひたすら恥ずかしく、他の誰かに向かうと悲しくなってしまう。ドフラミンゴのもとで酒を飲んだ時、涙が溢れてしまいそうになるのはその光景を目の当たりにしてからだった。あの時なぜあんなに悲しくなってしまうのか理解が出来なかったし深く考えようともしていなかったが、あれはきっと嫉妬だったのだ。ナマエがファミリーの誰かに愛情を伝えることへの嫉妬と不安。緩くなった涙腺を崩壊させるのはいつもその光景だったけれど、涙がこぼれる前に自室へ引っ込んだあとで、それをなだめてくれたのもナマエだった。シャワーを浴びて寝てしまおうとして浴槽にひっくり返ったコラソンをタイミングよく助けにきてくれたことや、悲しい記憶が次から次へと思い出されて寝付けないコラソンの傍にずっといてくれたこともある。「どうした?なにが悲しい?」と優しく問いかける声にはいつも答えられなかったけれど、今なら全てを伝えられる。もどかしい想い。口惜しい記憶。後ろめたい気持ち。すべて。
    それはコラソンが、自分の羞恥に打ち勝てば、という話だが。


ぼろぼろと溢れ続ける涙を拭うのは、指ではなく唇だ。ちゅ、ちゅ、と頬に口付けて宥める様はまるで恋人同士のふれあいだが、この行為は彼の『家族』であれば誰でも受けたことのあるスキンシップだった。コラソンはもちろんのこと、ローもドフラミンゴも一度二度の話ではきかず、ファミリーの全員がキスをされて「お前はこんなに素晴らしい」と彼から見た長所を並べ立てて煽てに煽てて褒め殺すという妙な酒癖によるスキンシップである。
つまりこれはなんの特別な要素もない接触だからこそ、コラソンの胸をえぐっているのだ。

好きだと言われて、好きだと返して、一緒にいたいと言って、一緒にいてほしいと返されて、『恋人』という言葉こそ出なかったけれど、付き合っていることになった、はずだ。多分。おそらく。コラソンの勘違いでなければ、あの時の『好き』は、そういった意味での『好き』だったはずだ。そういう雰囲気だったはずだ。
しかしナマエは、あれから一切の愛情表現をしてこない。いや、愛されているとはわかっている。ただ、『恋人』としての愛情表現を一切してこないのだ。
ハグもない。キスももちろん。スキンシップは転んだ時に助け起こされる程度。ローの前ではそんなふしだらな真似は出来ないと分かっているけれど、ローが不在の密室でも変わりないのだから一度は解消されたコラソンの疑念が再発してしまうのは仕方ないことだろう。ナマエの「好き」が、信じられなくなってきている。
おれはすっごくナマエに触りたいし触られたいんだけど、と訴えたいが口には出せない。それはすっごく恥ずかしいからだ。そしてもしコラソンの一方的な勘違いだとわかったら、死ぬほど悲しくなってしまうからだ。
日常に抱えたその不安が、きっと酒で緩んだ涙腺を決壊させたのだろう。触りたいし触られたい。また愛してるって言って欲しい。好きだっていいたい。
ナマエはそんな感情や欲がないのだろうか。まだ枯れるには早い歳だろうに、生まれてからハンデを背負って生きてきたせいかやけに達観した男にとってそんなものは無駄だというのか。興味がないのか。
コラソンよりも一足先に酒癖を出現させて、いつものように頬にキスをしながら褒めたたえてくれるナマエを見ながら悲しくなってしまったコラソンは、子供のようにぼろぼろと涙を流して嗚咽を漏らした。「どうした?」と優しい声で宥めて膝の上に抱きかかえるナマエは、まるで保護者だ。コラソンがこんな不埒な想いを秘めているとは知らないだろう顔が、いたたまれなくて更に泣いた。

「よしよし、大丈夫だぞ、怖いことは何もないからな」
「っう、う、ぐずっ」
「いいこだ、鼻かもうな…ほら、ちーん」
「ん、…ん」

夜泣きする赤子をあやすようにゆらゆらと身体を揺らして、リズムよく背中を叩いてくれる優しさがつらい。涙で濡れる頬に口付ける唇に向かい合って、思わず「ほっぺ、だけかよ」とそれ以上をねだるような言葉を漏らすと、ナマエの目は一瞬だけ丸くなって、それからコラソンの不安を吹き飛ばすかのように簡単に唇へとキスを落とした。
ちゅ、ちゅ、とリップ音を立てるバードキスに、嬉しくなってしまうコラソンは単純だ。それだけで喜べるくらい、ナマエからのスキンシップに飢えていると言ってもいい。
「もっと」。囁くようにねだれば、何度でも触れるだけのキスが落とされる。時折遊ぶように下唇を食まれて、柔らかく押しつぶされる感触に背筋が震えた。
コラソンの両腕はナマエの首筋に回り、引き寄せてもっともっとと先をねだる。これはいよいよ、と気持ちが昂ってしまうのは仕方ないことのはずだ。足の不自由なナマエに全てを任せるわけにはいかないから、いつかの日に『これがお礼になれば』と腹に決めた奉仕をいよいよ実行に移すときが来たのかと、ならば今のうちに寝室へ場所を移すべきかと、キスでふわふわと浮かれている頭で考える。
コラソンの寝室はダメだ。ローと共用で、鍵もかからないようになっている。じゃあナマエの寝室へ、と結論に至ったそこで、絶え間なく続いていたキスが止んだ。ナマエも同じことを思ったのだろうか     と期待したコラソンは、己の認識の甘さを悔やむことになる。

「よし、泣き止んだな。ならそろそろ寝ようか」
「…ん?」

この「寝る」が、含みのある言い方であればコラソンは顔を真っ赤にしながらも頷いたことであろう。しかしいやにスッキリと、あるいはあっけらかんとさえしているナマエの表情と口調からは、そのような色気のある展開は見通すことが出来ない。

「疲れてたんだろう。お前はローの前ではどうしても張り切ってしまうから」

違う、そうじゃない。
否定しても「おれのことももっと頼ってくれていいんだぞ」と追い打ちをかけられてはどうしようもない。そうだ、彼の酒癖は、ここまでがひとつのパターンなのだ。散々人を褒めちぎってキスをして、まるで自分が特別なのだと言わんばかりに甘い空気を作っておいて、急にスイッチが切れたかのように素面に戻るまでが。

そして一度素面に戻ってしまえば、ナマエはその日決して二度と酔ったりはしない。

それはつまりあの甘い空気もすべて霧散したまま戻らないのだと察して、コラソンは悲痛なまでの唸り声を上げた。

「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!!」
「よしよし、眠いな、早く寝ような」
「ん゛ー!」

違う違う、と頭を振って額をナマエの胸元に擦り付けるが、その行動さえ眠くてぐずっているものだと勘違いされてしまったようだ。
もうすっかり酔いなど覚めてしまった様子のナマエは器用に片足と杖を使ってコラソンを抱えたまま立ち上がると、少々危なっかしいながらも力強い足取りでローが眠る寝室にまで運んでいってしまった。

「おやすみコラソン、いい夢を」

ローが眠る隣に並んだ大きなベッドにコラソン一人をうずめると、最後に一度、額に落とされたキスは親が子供に施すような柔らかい愛情を込めたものだ。それを受けてしまうともはやコラソンの気持ちも折れてしまって、水っぽく震える声で「おやすみ」と言った。
眠るまで傍にいてくれたナマエはきっと気付くまい。コラソンが次も必ず、酒を飲んだら泣いてしまうであろうことは。

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