SSリクエスト祭3 | ナノ


年下で部下でクザンの恋人でもあるナマエという青年は、男らしく快活で面倒見のいい、いわゆる兄貴肌という気質の青年だ。公私ともに老若男女問わず頼られることは多く、友人も多いせいで彼の周りはいつも賑わっている。その有象無象の中の一人だったクザンがナマエの心を射止めることが出来たのは、彼の尊敬する上司であったことが大きい。いくらだらけた勤務態度といえど海軍の最高戦力であるという肩書きは大きく、畏怖と尊敬を集める視線の中にナマエの目も入ってくれたという、ただそれだけの話だ。「おれはあんただから好きになったんだ」と何でもないことのようにあっさりとクザンを特別扱いしてくれるが、そんなことを言った口で「おれとお前の仲じゃないか」と後輩の悩みに乗ってやったり、「あんたの頼みなら聞かないわけにはいかないな」と同僚の窮地に助け船を出してやったりと、まるで相手が特別だと思わせるようなことを軽々しく言葉にする様を散々見てきたのだから信用は出来ない。

クザンはナマエより強くて偉くて年上で、さらに言うなら体格もいい。女ならまだしも同じ男からしたら自分のプライドを傷つけられるくらいマイナスでしかないその要素も、「好きなタイプは尊敬出来るひと」というナマエにしたらプラスに転じたのだろう。
だからクザンは、ナマエの前では『尊敬できる上司』でなくてはならない。「普段だらだらしていてもやるときはやるところがカッコイイ」と言ってくれるならナマエの前ではカッコイイところを見せたいし、「優しいクザンさんが好き」と言ってくれるならナマエにわがままを言わせて優しく受け入れてやりたい。そう思って接しているうちに、いつの間にかナマエの前では緊張してしまう自分がいることに気付いてしまった。要は好きな子の前でカッコつけてしまう思春期の男子と同じだ。好感度なんか気にしてませんよという素振りで、内心必死に体裁を取り繕っているのだから滑稽でバカバカしい。本音を言えば立場も年齢も無視して甘えたいときもあるのだが、それではナマエを慕って集う有象無象と本当に大差なくなってしまう。
疲れないとは言わない。けれど彼の目が、たった一時の間だけでもクザンに引き寄せられて、クザンを特別だと、「好きだ」と言ってくれるなら、どれだけでも見栄を張れてしまうのだ。今日も。


「あれ、予定変わったのか?」
「ん…だから今日の晩飯、無しってことで」

急な呼び出しがかかり、以前から約束していたディナーがご破算になることを伝えると、ナマエは「そうか」と頷いて了承した。「残念だが、じゃあ、また今度」。あっさりとした反応に少し寂しくはなるものの、どうしようもないことをぎゃあぎゃあと喚くような男ではないと知っているから好きになった。喚くどころか「夜にでも帰って来れるなら、うちに来るか?明日は休みとったから何時でも待てるぞ」と甘いお誘いまでしてくれる。好きだなあ、と思ったからこそ、その誘いには乗るわけにはいかなかった。帰りは深夜になるどころか、明日の朝までに帰って来れるかすらわからない呼び出しだ。本音を言えば待っていて欲しいし少しでも一緒に居たいのだが、そんなわがままを言うわけにはいかない。
緩く首を振って却下するクザンに、ナマエは今度こそ困ったような顔をした。

「じゃあ、うーん、仕方ないな」
「…ん」
「ハグだけ、いいか?やっぱりちょっと寂しいしな」

クザンを誘い込むように長い両腕を上げて、素直に甘えを出せるところに胸がきゅんと締め付けられる。大袈裟に喜んでしまわないように近付いて、わがままを聞いてやる体でナマエの身体をぎゅうと抱きしめると、離れがたくて困ってしまった。呼び出しなんかなけりゃ今日の夜から明日までナマエを一人占め出来たっていうのに。行きたくないと言いたい。どうしようもないことを言って困らせるほど愚かではないけれど。言って困らせて宥められて甘やかされて、頑張っておいでと励まされたい。

「…ついでにキスもしとこうか」
「……お好きにどーぞ」

願ってもない。唇を尖らせて迎え入れると、柔らかい接触が施される。二度、三度、宥めるように優しい仕草のキスが終わると余計に離れがたくなる。ナマエが離そうとしないのをいいことにくっついたままでいると、ナマエはクザンの目の下をゆっくりと撫でながら甘い声で囁いた。

「やっぱりうちで待ってるよ。ちょっとでも一緒にいたいし。帰ってこれなくても文句は言わないから、いいだろ?」

「な?」と問いかけながらも、それは既にナマエの中で決定事項のようだ。仕方がないといった素振りで頷いたクザンも、本音を言えば嬉しくて仕方がない。ようやく離れてもいいと思えるくらいの気になって抱きしめていた腕を緩めると、最後にひとつキスを落とされていよいよナマエの手が離れた。

「じゃあ、また」
「…なるべく早く行くようにするよ」
「ん、なるべく早くな」

笑って手を振るナマエより、早く会いに行きたいのはクザンの方だ。さっさと用件を済ませてやると意気込んで二人きりの空間を抜け出ていった大きな背中に、『手がかかる人だなあ』と言わんばかりの表情を向ける男がいたことは、クザンは少しも気付かなかった。

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