私が私の恋人を殺したのは、CP9のメンバーになってすぐのことだった。CP4のメンバーだった彼は、政府の秘密をなんらかの形で知ってしまったらしい。「殺されちゃうかも」と冗談のように笑っていた彼の抹殺指令が私に下りたのは、数日も立たないうちのことだった。
今思えば試されていたのね。私がCP9として、感情を殺して任務を優先させられるか。
「カリファちゃんに別の男ができるの、嫌だなァ」。彼の最期の言葉はたったそれだけ。お別れの言葉にしては呑気すぎて、彼の心臓を貫いた時には涙も出なかった。
それから私は、彼からもらったイヤリングを捨てた。一緒に選んで買った入浴剤を使い果たした。彼が「似合うね」と笑って褒めた眼鏡は任務で歪んでしまって、彼が嫌がる露出の高い服を好んで着るようになった。
今はもういない人の形跡が消えていくのは、残しておくよりも簡単なこと。次第に薄れていく彼の気配を、寂しいと思うのは最初の一瞬だけだった。だって、仕方がないじゃない。私は殺し屋なんだもの。なくなるものを歎いていたらキリがないわ。
エニエス・ロビーの私の部屋で、声が聞こえるようになったのは彼が死んでちょうど一年経った命日だった。鏡台の上に置きざりにされたペアリングの片割れに、「あなたは恨んでいるかしら」と話し掛けた後。紅茶を飲んで、本を読みながらお風呂に浸かって、指輪のことも彼のこともまた忘れていた時に、何か金物が落ちる音がした。驚いて振り向いてみれば、そこには床に落ちた指輪。おかしいわ、落ちるわけないのに。鏡台の真ん中に置いた指輪が、風もない室内でひとりでに動くわけがない。そう思っていたら、頭に声が響いた。
懐かしい声と聞き慣れた口調。さっき問い掛けた言葉の答えなんだと気付いた時、私はすぐさま彼の名前を呼んでいた。
「…ナマエ?」
彼は緩い声色で応える。いつもそうだった。優しい顔と声で人を騙して情報をかき集めるけど、本当の彼は意地悪で独占欲の強い人。今日の任務は男に媚びるような役周りだったから、あなたが生きていたらきっと嫌がっていたでしょうねと思ったわ。本当に、嫌がって化けて出たのかしら。
「ねぇ、おばけ?」
「どうして一年も放っておいたの?」
「…私は、あなたのことを忘れることも多くなったわ。あの指輪だって、埃が被ってる」
「…あら、あら。怖いわね」
ふざけたような声色に笑った。彼も笑う気配がしたから、ああ、本当に化けて出たんだとおかしくなった。
それから彼は本当に毎日、部屋に戻ればしつこいくらいに話し掛けてくる。
今日はどんな任務だった?男ばっかの職場で心配だなァ。あんまり怪我しないでね。おれはあの長官嫌いだよ、能無しなのにカリファちゃんに話し掛けるなんてセクハラだ。
声は私にしか聞こえない。姿は見えないし、触れるわけでもない。それでも私の側にいるのは、紛れもなく、彼だ。
彼を知っていた私の父に話したら、なんの冗談だって怒っていたわ。そうね、しかたない。私だってルッチやカクがいきなりそんなことを言い出したら、きっと病院に行くことを勧めたもの。だけど、わかるの。彼はそこにいる。私の側に、ずっといる。
彼がくれた、指輪。