友人が深刻な顔をして黙り込んでいたら、訳を聞くのが友情というものだろう。アイスバーグは近頃めっきり口数が減って深刻な顔ばかりしているナマエの友人であったので、今夜一杯どうかと飲みに誘った。
彼はガレーラカンパニーほどではないにしろ、ウォーターセブンにおいて割合大きな会社の取締役であり、抱える責任も大きなものだ。普段は快活に笑っていることが多く、物憂げな顔など人前には出さないものだからなお心配である。
静かなバーのカウンターで久々の乾杯を済ませ、ウイスキーをグラスの半分ほど減らしてから「近頃元気がないようだが、どうした?」とアイスバーグが口火を切った。
「
口に含んだウイスキーが気管に入り、盛大にむせた。ゴホゴホと咳込むアイスバーグの背中をナマエの手の平が撫でさする。その手つきが男の体を楽しむようなものではなく、アイスバーグを本気で心配しているような動きだったのでとりあえずは安心した。しかし「大丈夫か」と声を掛けるナマエの目は至って真剣だったので、妙な冗談を嗜むようになったのではないと確信して安心はできなかった。
「ンマー…どういうことだ」
「………パウリーの、ことなんだが」
「パウリー?」
「今おれの家にいるんだ」
「なん…だと…?」
「勘違いするなよ、まだ手は出してない。家賃が払えなくなって追い出されたというから置いてやってるだけだ」
「そうか…あいつめ、すまんな」
「ウォーターセブンのアイドルが路頭に迷ってる姿はおれも見たくないんでね」
あ、アイスバーグには内緒にしといてくれと言われたからこれは知らないふりしといてくれな。
あっさりと秘密をばらし、ナマエは一息ついた。これから本題が始まるのだろう。ゲイかもしれない宣言から、パウリーの名前、一緒に住んでいるということ。ここまで聞けば何となくわかってしまったが、アイスバーグは不安でたまらない。ナマエは大事な友人だし、パウリーは腹心の部下だ。どちらかが大変なことにならないよう、慎重に話を進めていかなければならない。急速に渇いていく喉を潤すため、ゆっくりとウイスキーを飲み下す。
「…最近、あいつを手篭めにしたくてたまらない」
アイスバーグはまたむせた。パウリーが好きなんだ、とか、見ているとドキドキする、とか、いい歳して青臭いことをストレートに言うとは思わなかったが、これはひどい。ナマエよりもパウリーの方が心配になる。
ゴホゴホと咳が止まらないアイスバーグの背中を、今度は摩ってくれることなくナマエは深刻な顔で話を進めた。
一ヶ月前の話だ。
ギャンブルで負けに負けて家すら無くしたパウリーを、偶然見かけたナマエが拾って家に連れて帰った。最初は友人であるアイスバーグの部下だという縁で一週間ほどは面倒を見てやるつもりだったらしいが、一人暮らしのだだっ広い家に誰かと暮らす楽しみを見出だして二週間経ち、懐いたら犬のように従順になるパウリーに情を覚えて三週間経ち、そして一月が経つ頃には「おれって…ゲイ…なのか…?」と思うに至ってしまったらしい。要するに、パウリーに劣情を抱いてしまったと。船大工らしく体格のいいパウリーを縄で縛って動けないようにして犯して泣かして閉じ込めて自分のものにしてしまいたいと。生活の全てを依存させて自分無しでは生きていけないようにしてしまいたいと。
聞きたくもないところまで喋り終えたナマエの顔はまだ素面のはずなのに目が据わっていてゾッとした。アイスバーグには口を挟む度胸が出ない。
ナマエという人間の恐ろしいところは、容赦がないところだ。優しいけれど厳しくて、一度決めてしまったら相手が海賊だろうが海軍だろうが意にも介さず自分の意志を貫き通す。だからこそ彼の会社は大成しているのだろうが、それは仕事だからこそ素晴らしいと評価を受ける話だ。
まだパウリーが好きなのだと告白されただけならば、アイスバーグは若干引きながらも友人の久方ぶりの恋を祝福しただろう。パウリーのだらしないところも、お節介な彼が適度に引き締めてくれれれば願ってもないことだ。しかし先程、彼の口から漏れた願望。あれを聞いてしまっては、アイスバーグは友人として、上司として、ナマエを止めねばならない。
「ナマエ…」
「でもな、アイスバーグ、聞いてくれ」
「…ん?」
「おれがなにより怖いのは、あいつちょろいからすぐに落ちそうだってとこなんだよ…」
たしかに。
頷いてしまう。歳の割には純情で恋愛慣れしていないパウリーが、親切にしてくれているナマエにころっといってしまいそうなのは予想に易い。義理堅い男だ。情にだって脆い。適当に甘い言葉を並べ立てたら、パニックになって絶対に落ちる。これはもはや予感ではない。確信だ。
一人の部下がたぶらかされそうになっている事実を目の当たりにし、冷や汗が止まらないアイスバーグに対し、ナマエは今までの思い詰めた顔色から一転、何やら開き直ったような表情でテキーラを一気に呷った。
「アイスバーグ」
「…ん?」
「副社長がいなくなったら、ごめん」
いつもと変わらない、意志の強い瞳がアイスバーグに危険を知らせている。多分パウリーはダメだと思った。無理だ、本気だこの男。止められなくてすまないと、アイスバーグもパウリーに心の中で謝った。
「…仕事には、支障がないようにしろ」
「頑張ってみる。…無理だったら、ごめん」
ごめんで済むか、バカヤロウ。