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「なんかさ、もしかしたらおれ、ボスのこと好きなのかもしれない」

出会って五年目、新世界を渡る船旅中の性欲処理としてベッドを共にするようになり一年目のことだ。全裸のままベッドでうとうととしていたナマエが、唐突に腑抜けたことを言い出し、服を着ていた最中のクロコダイルは冷めた目を向けた。不機嫌な声で「寝言いってんじゃねェ」と吐き捨てれば、大概のものは失言したと口をつぐむか、今言ったことはセックス直後の熱に浮かされた血迷いごとだと頭を冷やすだろう。けれどナマエは「ボスみたいな陰険野郎に五年も着いてきたんだからそりゃ元々嫌いじゃなかったんだろうけどさ、なんか最近、えっちしてると胸がきゅーんってなんの。胸がきゅーんってなるのって、恋なんでしょ?おれ知ってる」と馬鹿に馬鹿を重ねてきた。クロコダイルがこの男を手元に置いていたのは、この馬鹿さ加減が気に入っていたからだ。必要なものは飯と寝床と性欲処理の相手。そのためならなんでもするし周囲がどうなろうと構わない。与えてくれるなら忠誠を誓う。深く考えず野心もない。血で血を洗うのが当然の環境で生きてきたものだからそれなりに腕は立つ。つまり強い馬鹿だ。捨て駒としてこんなにも最適な人間はあるまい。

「面倒くせェ女みてェなことを言いやがる」
「だってボス、隠しごときらいでしょ。言っとこうと思って」
「お前に隠しごとなんざ高尚な人間の真似事が出来るとは思ってねェ」

ふん、と鼻で笑ってタイを締め終えれば、ナマエはもぞもぞと身を起こし全裸のままクロコダイルの背中にひっついてきた。「じゃあ知ってた?おれの気持ち」。耳元でぽそぽそと囁く声が疎ましい。耳の穴がべとべとになるまで舐めしゃぶられたばかりで、まだ感覚が残っているのだ。ぞわぞわと背に走る悪寒を振り払うようにナマエの頭を殴り、突き飛ばして距離をとる。無防備な姿で転がるだらしない姿を、見苦しいと眉をひそめながらも始末しないのも、船旅は溜まるから嫌と駄々をこねるナマエに穴を貸してやっているのも、くだらない話に耳を傾けてやるのも、そんな馬鹿げた感情を植え付けるためのものではないのだ。

「好きだの恋だの、アホみてェなことを口に出す暇があるならさっさとクソして寝ろ。んなもん全部性欲から来る錯覚だ」
「さっかく」
「いいか、二度とそんなくだらねェことを言ってみろ、金輪際お前とはヤらねェ」
「やーん!!」

悲痛な情けない声をあげて首をブンブンふるナマエへ、最後にひとつ拳骨を落としてからコートを羽織る。部屋を出て行く支度が整えば、もはやここに用もない。「ボスがそういうなら、そうかもしんない…ボスは穴としても一流だから…」と人を穴扱いする失礼な声は納得したようだからもう一度の拳骨で許してやるとして、馬鹿げた話にはもう付き合っていられないとドアに手を掛ける。

「ねェ、おれのコレがさ、やっぱり恋だって思ったら、その時はボスが教えてね」

おれそういうのわかんないもん、などと、恋に浮かれたような声が言う。教えたところで関係が変わるわけでもないというのに、やっぱりこいつは馬鹿なのだ。



クロコダイルで「色恋沙汰には疎いもので」とかどうでしょう。
https://shindanmaker.com/531520


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