ゼフの真似をしてサンジを「ちびなす」と呼ぶナマエは、どこの生まれでどうやって育ってきたのか、一切教えてくれない正体不明の男だった。
ガリガリに痩せ衰えた身体でゼフに拾われ、行くところがないと泣いていた面影は今はなく、どう見ても陽気で気楽な頭の軽い男だというのに、たまに海の向こうを眺めては沈痛な面持ちで瞼を伏せる表情をサンジは知っている。
「なすってェのは事を成すって言葉と掛けられててさ、縁起のいいもんなんだよ」
ちびなすと呼ぶなとサンジが憤る度にサンジが知らない「故郷」でのならわしを慰めにして、だから悪い呼び名じゃないんだよと宥めるのがサンジは何より気に食わないのをナマエは知らない。
暑くなる時期には、死者を送る神聖な牛になるのだといって箸を突き刺して机の上に飾っていたこともある。それもナマエ以外の誰も知らないならわしだった。
胡瓜の馬でこの世にやってきて、茄子の牛であの世に帰る。そういっていたのに、ナマエが作っていたのは茄子の牛だけだったから、サンジは食べ物を粗末にするなという建て前で叱りつけてナマエの目の前で調理してしまった。ナマエがどこかへ帰りたがっているのを知っていたのに、知らないふりをしたのだ。
帰りたい、と彼は言わない。バラティエにいるくせに料理のセンスは壊滅的だが、代わりに請け負う経理の仕事でいつだって楽しそうに算盤を弾いては帳簿を眺めている。けれどその姿が本心の全てではないことを、サンジは知っていたのだ。知っていて、知らないふりをしていた。きっとずっと、知らないふりをしていく。ナマエの中の「なす」が、サンジを示す意味しか思い出さなくなるまで、ずっと。