SSリクエスト祭2 | ナノ


唐突に声が出なくなることがあった。ある。今でも時折、喋れなくなることが現在進行形で続いている。
原因はわからない。風邪をひいて喉を痛めたわけでも、はしゃぎすぎて声が枯れたわけでもない。ファミリーといるとき、唐突にピタリと、魔法をかけられたかのように声が出なくなってしまうのだ。
あまりにも突然のことなので何かの攻撃を受けているのではないかと警戒したのだが、発症はいつもアジトでファミリーと一緒に食事や談笑をしているときで、その後に敵が襲ってくるというわけではない。ならば何かの病気かと医者にかかってみたが、外傷もなく、まったくの健康体という診断結果。
「過度なストレスが掛かっているのでは」と言われて思い出したのは、若の実弟、コラソンのことだった。確かあいつも、ショックな事件があって口が利けなくなったという。心因性の失声症は確かに存在することは知っているが、おれにはその心因性の原因となるものには何も心当たりがなかった。若に拾われる前ならまだ分かる。生きていくのに楽な環境では決して無かったし、いっそ死んでしまえたらと思うことは何度もあった。若に拾われてからは、屋根と壁のある生活が出来て、腹いっぱい食うことが出来て、冷たくて硬い地面ではなくハンモックやベッドに眠ることが出来ている。腹が痛くなるほど笑うことも、嫌なことがあれば我慢せず怒鳴り散らすことも出来る。ストレスなんてないはずなのだ、何も。

だのに、おれの声は、見えない何かに削られているかのように出なくなる頻度が高くなっていった。朝起きたら出なくなっていることもあるし、ファミリーの誰かと話している最中に突然出なくなったこともあった。悪夢を見てぐずるベビー5を宥めてやっていた時。グラディウスと作戦の打ち合わせをしていた時。若と酒を飲みながら話している時。それら全て、辛いと思う要素は無かった。ストレスを感じていたわけではなかった。声が出なくなるのは短時間で済むこともあれば、丸一日何も言えなくなることもある。
理由がわからない。発症条件もわからない。おれは自他共に認める健康体で、今は幸せに生きていると胸を張って言えるのだ。もしもストレスでこんな状況になっているのだとしたら、この状況こそが何よりのストレスだ。

声が出ないというのは想像以上に辛い。自分の思っていることがすぐに伝えられないし、軽口を言って笑い合うことも出来ない。けれどおれが何より辛かったのは、声が出なくなったことではなかった。おれが出せなくなったのは、声だけではなかったのだ。

コラソンのように筆談でのコミュニケーションを始めたと同時に気付いたことがある。おれの身体から、音が出ない。まるで幽霊になってしまったかのように、壁を叩いても、椅子をひっくり返しても、硬い地面の上を慌ただしく走っても、音が出ないのだ。周りの音は聞こえるのに自分が何をしても音が出ないというのは不可思議な状況で、最初はその異常に気付くのが遅れた。声が出なくなったことの方がショックだったということもある。これでいよいよ心因性のものではないと確信が持てたのに、ますます原因がわからなくなって恐ろしかった。敵の攻撃にしても意図が掴めない。敵対している組織や恨みを買っていそうな人間すべてをファミリーのみんなが潰してくれても治ることはなかった。今まで行った島にも、そんな症状が出るような感染症や中毒症状の記録は残っていない。
原因がわからないということは、治療方法もわからないということだ。
今は声が出ても、あと3秒後には出なくなるかもしれない。今声が出なくなって、明日には治るとも限らない。
日に日に滅入っていくおれに、とどめを刺したのはファミリーだった。

ある日、「なんだ、いたのか」と、言われた。

声も出なくなって、足音すら出ないおれは、自分で思っているよりめっきり気配が薄くなるらしい。姿を視認して、ようやくそこにおれがいると気付かれるくらい、おれは存在が希薄になっていたのだ。
「いたのか」と、言った方はなんの悪意も無かっただろう。吐き捨てるように言われたわけでも、嫌そうに顔を歪められたわけでもない。けれどおれは、そう言われた瞬間、自分はいてもいなくても構わないような存在であることを思い知らされた気分だった。いや、いてもいなくても構わない存在であることを理解してしまったという方が正しい。
おれが馬鹿なことを言ってみんなを笑わせなくてもみんなは他のことで笑っているし、おれがいるのに気付かないみんなはそれでも普段通りに過ごし、声が出ないことで相手を脅したりも出来ないおれは携わっていた仕事から半分以上下ろされるようになった。

そうか、おれなんかいてもいなくても、このファミリーにはなんの支障もなかったんだ。

それに気付いてから、身体の異常はひどくなったような気がする。今まで声を失っても苦痛はなかったはずの喉が、時折絞められたかのように苦しくなってくる。首や腕が痒くなって、血が出るほど掻きむしってしまう。夜には眠れなくなり、朝になると死にたくなる。あんなに大好きだったファミリーの前でもろくに笑えなくなってしまったおれを、助けてくれたのはコラソンだった。
同じく声が出なくなった者として、哀れに思ったのかもしれない。ファミリーの誰かと話していると、責められているわけでも怒られているわけでもないのに恐ろしくなって呼吸がしづらくなり、ひゅうひゅうと喉を鳴らして震えだすおれを、コラソンはいつも一番早く気付いてその場から連れ出してくれた。誰もいないところで、周りの音も聞こえないほど静かな場所で、おれを守るようにぎゅうと抱きしめて落ち着くまで頭を撫でてくれるのだ。まるで子供のようだとますます自己嫌悪に陥ったが、落ち着くのも事実だった。情けなく縋り付いて泣いても、コラソンはそんなおれの情けない姿を誰にも言わないと約束をしてくれた。いつだって、おれが望めばその胸を貸してくれた。いつまでも甘えていてはいけないとわかってはいたけれど、何度も繰り返すうちにコラソンが傍にいてくれること自体で落ち着くようになってしまっていたのだからどうしようもない。コラソンは「しっかりしろ」とも「甘えるな」とも言わなかった。言える口は無かったのが、一番安心出来る要素だったのかもしれない。文字でも、ジェスチャーでも、おれを拒むことはいくらでもできたのに、コラソンは一度もそうしなかった。

「お前も、こんな気持ちを経験したのかな」

辛い思いをしたんだね、と抱きしめると、コラソンを慰めているつもりでもおれの気持ちの方が軽くなってくる。最近では、ファミリーと話していてもコラソンが傍にいてくれれば過呼吸も自傷行為も発症しなくなってきた。声や音が出せなくなる原因不明の現象も、コラソンを抱きしめて、抱きしめ返してもらうとすぐに無くなってしまうことが多い。
そう考えると、おれの奇妙な病気は本当に心因性の何かだったのかもしれない。知らないうちに、人の温もりを求めていたのだろう。でなければ、コラソンに抱きしめてもらうだけで全てがよくなる原因が説明つかないのだ。

「コラソン、お前がいてくれてよかった」

心の底から、愛の告白をするように熱を込めて伝えると、コラソンは滅多に崩さないその鉄面皮を少しだけ緩めて、柔らかく笑ってくれた。だからおれは、この優しい人を、今度はおれが守ってやろうと、そう決めたのだ。

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