SSリクエスト祭2 | ナノ


種族の確執だとか内乱だとか過去だとか、そんなことを真剣に考えろと言われても困る。おれはぷかぷか浮かんでいられる穏やかな海とプランクトンさえあれば生きていけるのだ。魚人島がなにやら騒がしかった時だって、何が起きたか知ったのは全てが治まったあとだった。「相変わらずだね」と呆れたように溜息を吐いたマダム・シャーリーは、おれを怒ったって仕方がないのを知っている。おれには魚人としての誇りも、同族への愛も、現状を変えたいという向上心も何もない。怒られたって、諭されたって、困るだけだ。

「ジンベエ、なあ、どこいくの」
「………」
「はなして、いたいよ」
「…離したら、逃げるじゃろ」
「にげないよ、かえるだけ」

幼い頃からよくおれの面倒を見てくれていたジンベエは、昔はもっとうるさかった。おれの触手を引いてあちこちへ連れ回して、いらないって言ってるのに魚人空手まで習わせようとした。自分の身は自分で守らなきゃならないんだと、人間にさらわれたらどうするんだと諭されたって、実際人間にさえ会ったことないおれがその状況を想像してみても現実味がない。「じゃあ、ジンベエがおれのことまもってよ」と自分の保身すら投げ出したおれに、しばらくしてジンベエは何も言わなくなった。呆れて、見放されたんだろう、と思っていたけれど、ジンベエが海賊になるとき、当然のようにおれもその頭数に入れられていたから、呆れはされても、見放されてはいなかったんだと思う。それでもおれは、「かいぞくなんてやだよ、ついていかないよ、ばいばいジンベエ」と突き放したから、普通は見放すどころか腹を立ててもおかしくないはずだ。だけどジンベエは怒らなかった。「そうか」と言ったきりおれの手を離して、広い海に出て行った。寂しくはなかったけれど、最後に見たジンベエの顔は忘れられなかった。

魚人島に帰ってきたジンベエは、昔よりずっと落ち着いていたけれど、おれにとっては何も変わらないジンベエだ。誰も来ないような閑散とした入り江でぷかぷか浮いていたおれに、長かった別離を感じさせないような気軽さで「久しぶりじゃな」と手を伸ばした。掴んだおれの触手を引いて、進んでいく先は魚人島を出た海の向こうだ。

「どこへいくの」とおれは聞いた。ジンベエは「ついてこい」と言うだけだった。「かいぞくはやだよ」とおれは拒んだ。ジンベエは何も言わなかったけれど、今度は手を離してくれなかった。ついていかないよ、とは言えなかった。昔突き放した時のジンベエの顔を、今もおれは忘れられないでいる。

「ジンベエ、なにがしたいの。おれはやくにたてないよ、しってるだろ」
「…知っとるわい」
「じゃまだろう、おいていきなよ」
「………」
「…なあ、もっとおまえのおともにふさわしいやつはいっぱいいるだろう?」

人間でいう手の部分にあたるおれの触手を、ジンベエはずっと握って離さなかった。昔と同じだ。違うのは、おれが何を言っても離してくれないだろうっていう確信があるだけ。
薄情で何の役にも立たないおれを、ジンベエみたいな、仁義だとか義理だとか、おれからしてみればそれこそ何の役にも立たないものを大事にするやつがこんなにも構ってくる理由が分からない。「なんでおれなの」。「おまえはどうしておれをかまうの」。問いかけたけれど、ジンベエが答えてくれることはなかった。ただ、おれの触手を掴むジンベエの手が、魚のくせにやけに熱くて、おれはどうしたらいいのかわからなかった。


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