寝室にあるサイドボードの2段目の引き出しを開いて、予想外の事実におれは戦慄した。
先日、もう1ヶ月も前のことになってしまうが、クロコダイルと最後にセックスをした時にはまだ1ダースくらいは残っていたはずだ。使用期限が近かったというわけでもなし、代わりに何かが入っているわけでもないから処分されたり邪魔になったから捨てたというわけでもないだろう。別の段に移動されたという様子もなく、けばけばしいパッケージの避妊具はまるっと無くなってしまっていた。
クロコダイルに任されている仕事のせいで、一緒に住んでいるといってもおれがこの家に帰ってくるのは1ヶ月に一度、長いと半年に一度という頻度になる。その間に家具が変わっていたり、あったはずのものが無くなっていたりするのはよくあることだ。別に気にしたこともない。
しかしコンドームは別だ。クロコダイルと体の関係を持ってから、コンドームを用意するのはおれだし、管理しているのもおれである。コンドームの箱を入れていたサイドボードだって、おれが蚤の市で気に入って購入したアンティークで、中にはおれの私物しか入っていないのだからクロコダイルが触ることはない。
つまり、コンドームが無くなっていることは何らかの作為がなければ有り得ないのだ。
おれの記憶違いで、既に前回使い切っているということは考えにくい。一応恋人という関係ではあるが素直ではないし気難しいクロコダイルが相手なだけに、いつセックスが出来るかはわからないから常に切らさないよう多めに買っておいてあるからだ。
すると、考えられる可能性は2つ。
ひとつはクロコダイルが他に恋人を作って、この部屋でおれの買ったコンドームを使ってセックスをした。
もうひとつは、おれとのセックスを拒みたくてコンドームを捨ててしまったか。
他に恋人を作るほどクロコダイルはそうほいほいと心を開くような人間性ではないし、遠慮する性格とはお世辞にも言えないのでセックスを拒みたければはっきり言うだろうし実際気分ではない時には断られることもあった。
どちらも可能性としては低いのだが、おれが考えられるのはその程度だ。それも予想の範囲で、クロコダイル本人に聞いてみなくては正解が出るはずもない。
ちょうど、シャワーを浴びてきたクロコダイルがしっとりと濡れた髪を拭きながら寝室のドアを開けて姿を現したところだ。本当ならばその前にきちんと用意をして、今日は『YES』か『NO』かのお伺いを立てたかったのだが、一番大事なものが無いならば仕方がない。「クロコダイル、ここにあったコンドーム知らない?」と率直に問いかけたら、少しばかり含みのあるような沈黙の後で「知らねェな」と答えたクロコダイルはおそらく行方を知っている。けれど知らないと言い張るということは、教えるつもりはないのだろう。これはやっぱり、遠まわしに拒まれてる、のか?なんで今更こんな回りくどいことを?
「…知らないかァ」
「……知らねェ」
「そっかー…」
「………」
目も合わせず、何も言わなくなったクロコダイルから無理に真意を聞き出すつもりはない。クロコダイルはクロコダイルなりに意図があるのだろうし、おれが嫌いになったというのならこんな回りくどい真似で拒否しなくても手っ取り早く殺すような男だからそれに関しては心配しなくてもいいだろう。
まだ濡れているクロコダイルの髪の毛を代わりに拭いてやり、ベッドに座らせて丁寧に櫛を通す。以前クロコダイルの髪を触るのが好きだと言ってから、風呂上りには能力を使って乾かすことをせずにおれに任せてくれているから、これも拒否されたらいよいよ深刻に考えるが、まあ、この様子だと大丈夫だろう。
明日コンドームを買ってきて誘って、それで断られたらまた改めて真意を確かめればいい。
正直ヤりたい気持ちは大いにあるが、セックスにおけるコンドームというのは重要なマナーのひとつだ。子供を作るつもりではないなら尚更守るべきだとおれは思っている。おれとクロコダイルは男同士、子供が出来るわけもないけれど感染症や腹痛の恐れはあるのだからもちろん行為のたびにきちんと根本まで装着している。受身で負担が大きいクロコダイルに、おれの浅慮で更に負担をかけるわけにはいかない。あと普通に生でやったら怒られそう。やったことないからわからないけど。
なので、コンドームが無ければもうそれだけで今日はおあずけだ。クロコダイルの髪の毛をしっかり乾かして、さらさらになるまで梳いて、「よし寝るか」と言ったおれにクロコダイルは振り返って驚いたような顔をした。どうやらコンドームの件を追求されると思っていたらしい。言いたければ言うだろうと気付かないふりをしたおれに、クロコダイルは珍しく、なにかまごつくような態度で、「やらねェのか」と言い出した。だから、お前がコンドームどっかにやったから出来ないんでしょ、とは言わない。ただ単純に「やりたいけど、コンドーム切らしてたみたいだし」と返すと、クロコダイルは何故かムッと眉をひそめて睨んでくる。これは、追求した方が良かったのか?ヘイトな感情に対しては素直なクロコダイルだったら不満ははっきり言うだろうと思っていたが、もしかしておれに自分で自分にとどめを刺させたかったのか?餌に食いついて針に引っかかる魚みたいに?ひどいな。
「…クロコダイル、お前、本当にコンドームどこにいったか知らない?」
「…っ」
「クロコダイル?」
「知らねェよ!クズ!」
「いてっ」
枕で思い切りおれの頭を叩いたクロコダイルは、そのままふてくされたようにベッドの中へ潜っていってしまった。怒るのも罵倒されるのも数え切れないほど繰り返してきたが、原因がよくわからないのは初めてだ。「ごめんな、クロコダイル」「どうした?なにがあった?」「教えてくれ、おれはお前と違ってバカだから、わからないんだよ」「お前に不愉快な思いをさせたくないんだ、嫌なところはすぐに直すから言ってくれ」。背中を向けて拒絶を示すクロコダイルを抱きしめながらなだめたが、結局その夜は仲直りのキスを一回しただけだった。
余談として。無くなったコンドームは翌日いつものところに戻ってきていたが、未だにクロコダイルが何を言いたかったのかは不明である。