サカズキがなんか、めちゃくちゃ近い。
以前は「こいつおれのこと嫌いなんかな」と思うくらい距離をとって会話していたのだが、ただ単に警戒心が強いんだなっていうのを理解してからは近すぎないよう適度な距離を保ってきた。付き合いが長くなるにつれ徐々にその距離は狭くなり、普通の友人と話す程度の距離になって、そして最近、ちょっとこいつ近すぎんじゃねェのってくらい近い。腕とかもうくっついてるし。周りが静かだと呼吸の音とか聞こえるし。
たまに何か言いよどむような仕草をするので、もしや何か相談したいことがあるのではないかと考えて「内緒話でもしたいのか?」と耳を向けてやったのだが、ものすごく歯切れが悪く「ちがう」と切り捨てられて終わった。じゃあなんでこんなに近いんだよと率直に聞いてみれば、ちょっと不機嫌な顔になったサカズキはきちんとした答えを返さなかったものの次の日にまた少し距離が離れてしまったので、多分サカズキにとって他人との距離は親密さを表すものさしでもあるのだろう。何もなかったかのように放っておいたらしばらくしてまた腕がくっつくくらいの距離になったので、この推測はおそらく間違っていない。
別に四六時中一緒にいるわけでなし、仕事の合間に会った時にくらいくっつかれてるのは構わないのだが、最近休日はサカズキにお呼ばれしてサカズキの家で過ごすようになったのでちょっと改めて距離感というものを考えてしまう。腕がくっつくくらいならまだ遠かったんだな、と思うほど、サカズキの家にいるときのサカズキの距離感というものは狂ってる。こいつおれを押しつぶそうとしてるんじゃないかと思うくらい、おれを追い詰めてくる。ちょっと怖い。
壁際に持たれていたら確実に壁とサカズキでサンドされるし、縁側に座っていたら背中をぐいぐいと押しやられて転げ落ちそうになった。居間のど真ん中にいたらいたで何故だか肩を掴まれるので、何がしたいんだと聞いてもサカズキはむすっと口をつぐんでそれからしばらくの間少し離れて、しかし日が経てばまた近すぎる距離でおれをどこかに押しやろうとしてくる。
意味がわからないのでおれも抵抗してしまっていたが、そもそもおれを力ずくでどうにかしたいなら能力でもなんでも使えばいいのだ。それでも使わないということは、やりたいことはあるけど無理強いはしたくないのかと思って、今日は力を抜いてサカズキのしたいようにさせてみた。
居間の畳の上に、なんの抵抗もなくころんと転がったおれを見下ろしているサカズキは転がした本人のくせに驚いている。しかしおれが抵抗をしないつもりだと気付いたのか、じろじろと様子を伺うように四方から見回した後、小動物のように繊細で慎重な仕草でおれの胸の上に頭を乗せたのだった。
頭突きでもするのかと思ったが動かない。時折鼻の頭を擦り付けるのは痒いのか匂いを嗅いでいるのかわからないが、彼の二つ名の通り犬のようだなと思ってしまった。もしかしてこれがやりたかったのかと思うとやはりいまいち意味はわからないが、野良犬が手懐けられておそるおそる自分からも甘え始めているようで、まあ、悪くはない。むしろちょっとかわいいところもあるじゃないかと頭を撫でてやれば、少しばかり身動ぎはしたものの拒んではこないあたり甘えにきているというのもあながち間違った見解ではないのだろう。贅沢をいえばもう少しわかりやすくしてほしいものだが、下手に口を出すとこの野良犬はまた要らぬ警戒をして離れていきそうだから、おれは何も言わずに彼の硬い髪の毛を撫でてやった。しっかしこいつの頭、重いなあ。