SSリクエスト祭2 | ナノ


いつも笑っている人だった。

彼と出会ったのはサイファーポールの養成所だ。幼い子供ばかりが集まって政府の『兵器』となることを強いられていたそこで、どんな辛い修行のあとでも、彼はにこにこと笑って周囲を茶化していた。優しい人ではなかった。甘い言葉を吐くくせに、その反面私をからかって遊んでいた。身体が限界を迎えると誰にも見つからないところに隠して「生意気だったので森の奥へ置き去りにしました」という嘘で教官に叱られてくれたくせに、寂しくて傍に居て欲しい時は決して近寄ってきてもくれなかった。「カリファちゃんがおれに縋ってくるのが好き。とっても気分がいいんだ」。そう言って甘ったるい顔で笑う彼は、とても性格の悪い人だ。手放しで褒めるくせに意地悪で、独占欲が強いくせに平気で私を突き放す。私はそんな彼に縋ることはなかったし、すぐに彼がいなくても支障がないくらい強くなった。彼は私が、彼を頼らなくても生きていけることを知っていた。冷たい女だと嬉しそうに笑っていた。他人に期待をしない人だった。

養成所を卒業して、CP4へ配属される時も彼は何も言わなかった。挨拶もなく姿を消した彼の行方を、後で教官や同期生達の噂話で知ったくらいだ。
「寂しかった?」と笑って里帰りしてきた彼に、「死んだかと思って清々したわ」と皮肉で返して笑われた。「そんなカリファちゃんが大好き。ねェ、君がそこを出たら結婚しようか」と突然の求婚に、「いやよ、あなた弱いからすぐに死にそうだもの」と断ったのは咄嗟だったけれど、本心でもあった。彼がどこに行こうと興味はないけれど、死んだと知らされるのは嫌だった。それは漠然とした感情で、どうしてという問いかけには蓋をした。彼は断られるのも想定していたようで、嘘くさく拗ねたふりをしながら「じゃあ付き合ってよ。来週の任務で恋人が必要なんだ」と私を養成所から連れ出した。
とある島のとある町で、しばらくの間私たちは恋人になった。デートをして買い物をして手を繋いで歩いて、夜は大きなベッドで身を寄せ合って寝た。彼は私を褒める言葉を惜しまなかった。シンプルなデザインの指輪を私の左手の薬指にはめて、「お揃いだよ」と言って笑った。「いつか結婚しようね」と、いつの間にか断定されていた未来に、私はその時なにも言わなかった。

私たちの恋人関係は、彼の仕事が終わっても解消されることはなかった。彼が当然の顔で私を恋人のように扱うものだから、私も面倒になってそれに倣った。卒業間近の養成所まで私を迎えに来て、デートをして、プレゼントをもらって、また養成所まで送り届けてくれて。

私たちは不自然なほど普通の恋人同士だった。彼が政府の機密を知り、CP9に配属された私に彼の暗殺指令が下るまでは。

命を狙われる危険を知っていたくせに、「CP9に配属になったお祝いをしよう」と暢気な声で連絡をしてきた彼はもしかしたら全て分かっていたのかもしれない。人気のないところに呼び出して、私のサポートという名の監視役であるジャブラを連れて行っても、相変わらずへらへらと笑っていた。私を恐れたり責めたりしなかった。抵抗すらせずに、彼は死んだ。最後まで笑っていた。

あんまりにも平然と殺される彼を見て、私は心のどこかで彼がいつか平然とした顔で戻ってくるような気がしていた。寂しかった?と言って、あれは嘘だよと言って、ほとぼりも冷めたしそろそろ結婚しようかと言って、そうやって馬鹿にしたように笑うために私に殺されるふりをしたのだと、心臓を貫いて汚れた指を見ながらそう思った。涙なんか流れなかった。呆気ないくらいに簡単に殺した。

「カリファちゃんに別の男ができるの、嫌だなァ」

頭の中に彼の声が反響する。それは確かに決別を表していたのに、私は今でも、彼の恋人は私なのだと、そう思っている。

『ねえカリファちゃん、デートしようよ』

そう言って私を連れ出す暢気な声を、私は今でも待っている。

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