SSリクエスト祭2 | ナノ


シャツの裾が何かに引っ張られて動きが止まる。何に引っ張られたのかは見えないが、大体の見当はついていた。

「コラソンか?」

そうだ、と返事をするように裾を一回引っ張られる。

「何か用か?」

と聞いても何も反応はない。どうやらまた、コラソンの暇つぶしに付き合わなくてはならないようだ。


おれは目が見えない。右目は昔潰されて完全に失明しており、左目も光が判別出来る程度でほとんど使い物にはならなかった。目が見えなくなった時に覚醒した見聞色の覇気で生活には困らない程度に物や人の判別はつくが、状況判断の7割は視力によるものなのだからどれだけ他の感覚が鋭敏になったとしても不便なものは不便だ。
喋れない男を相手にすると、何を考えているのか言葉でコミュニケーションをとれないので余計に不便を感じる。ましてやこの男、うちのボスの実弟であるコラソンはやけに無駄な接触をはかってくるので未だにその意図が理解出来ないでいた。暇さえあればどこかへ連れていこうとしているのかぐいぐいとシャツを引っ張ってくるし、なんだなんだと疑問に思いながらも着いて行ってやれば、おそらくコラソンの自室に連れ込まれてぎゅうぎゅうと拘束されるのだ。暇で手持ち無沙汰なんだろうと思っているが、せめてシャツを引っ張るのはやめてほしい。おれは見えないが、周囲から見たおれのシャツは新しいものでもすぐにだるだるに伸びてしまっているようだ。それはさすがにみっともないだろう。

「せめてなァ、手を引っ張ってくれないか。せっかく若に新しいシャツを貰ったってェのに、また伸びちまうだろう」
「………」
「だーかーら、伸びるっつってんのに聞き分けのねェガキだなァ」

わざわざ人気のない時に構ってくるのだから嫌われてはいないのだろうが、嫌がることも平然としてくるのでからかわれているのではないかとは思う。しかし普段の言動を鑑みると、ドジっ子ではあるがそんな茶目っ気はないコラソンに違和感は拭えない。
何をするのか、何をしようとしているのかは見聞色の覇気で把握できるが、どういう感情でどういう意図を持っているのかまでは読めないのだ。他の連中と違ってコラソンは声を出すこともないのだから、声色や口調で心情を察することも出来ないでいる。
だが、どんな代替案を出そうとも素直に受け入れない様子はまるでぐずつくガキのようだ。あれもいや、これもいやで、ああしてほしいこうしてほしいと駄々をこねるガキ。「いい加減にしろ」と少しキツイ口調で咎めると、シャツを引き裂かんばかりだった手はようやく離れ、しかしおれを解放してくれるわけでもなく今度は手に指を絡めてきた。最初からこうすればいいのに、いちいちおれを煽っているとしか思えない言動はやはりよくわからない。若に聞いても意味深に笑うばかりで、好きにさせてやれと言うのだからおれに味方はいなかった。若には贔屓されている方だと思うのだが、やはり実の弟だからかコラソンに関しての要望は受け入れられた試しがない。せめてシャツを引っ張るのをやめさせるように言っても、「癖なんだろう」で笑って終わりだ。嫌なことを思い出すから、おれとしては叱ってでもやめさせたいのだけれど。

昔、まだおれの目が両方とも見えていた頃の話。山育ちで世間を知らず、大人になって初めて町と言える場所に下りた時の話だ。そこでは何故だか子供が大人に追い立てられ、まるで害虫のような扱いを受けていた。話を聞いてもよく理解は出来なかったのだが、犯罪者?の仲間?の子供だったらしい。世界規模で弱者を脅威に晒していたその犯罪者の一部が無防備になったということで、捕まえて痛めつけて復讐をしていたというのだから穏やかではない話だ。当時はあまりその犯罪者のことが分からなかったのだが、正体は天竜人という世界トップの貴族だった。権力を傘に着て、自分より立場の弱い人間をおもちゃにする極悪人らしい。犯罪者といっても法に守られていて本当なら絶対に手は出せないが、なんの経緯か天竜人の保護が無くなった天竜人がいるというのだから、今までの恨みつらみをそこに晴らしていたらしい。
今では天竜人がどんな存在かを理解しているし、復讐をしたかった人々の気持ちもわからなくはない。けれど、復讐とは因果応報であるべきだ。悪いことをした人間に、悪いことを返すべきである。ましてやよってたかって子供を苛む光景は、世間知らずで人間のことなど家族と絵物語でしか知ることが出来なかったおれにとってあまりにも凄惨な現実だった。

「お前たちのしていることはそのテンリュウビトってのと一緒じゃないのか」と、状況が分からないなりの正義感で小さな子供二人を囲む人々の中から引きずり出し、逃がしてやったおれに、町の人々はどうしたか。簡単な話だ。怒りの矛先をおれに向けた。
他人事だからそんなことが言えるのだと、そいつらの味方をするならお前も同罪だと、ただ子供を庇っただけで何の暴力も振るっていないおれを拘束し、痛めつけ、重石をつけて海に沈めた。
命は助かったが視力を失い、何も知らない無垢だったおれに憎悪を植え付けた人間達が悪ではないというのなら何なのだろうか。おれは被害者ぶって無関係の人間に暴力をふるい、新たな被害者を出す人間を憎んだ。復讐とは、因果応報であるべきだ。それがわからないならば、教えてやるべきだ。

そうしておれは、見聞色の覇気を身につけて昔馴染んだ山にこもり、身体を鍛え、武器を手に入れて正しい復讐を行なっていった。おれは目が潰れていたし、それから長い時間が経っていたので一目見ただけではわからない。その町に戻って行って聞き込みをすれば、油断した加害者どもは平然と口を割ってくれた。そして一人一人、確実に復讐をしていった時に出会ったのが今のボスだ。海賊である彼が、滞在している町に不穏な空気を感じて探りにきたらしい。
「復讐がしたいだけだ。邪魔をしないでほしい」と言って、隠すつもりもなかったから経緯を伝えた。「あんたには関係ないのだから、危害をくわえてこなければこちらも何もしない」という取引に、彼は何が気に入ったのか大笑いしておれを「うちに来ねェか」と誘ったのだ。よくわからなかったが、悪意や敵意は感じなかったものだからその誘いに乗った。復讐を終えた後の行き先など、考えてもいなかったものだから。

人を殺すのに躊躇いはない。自分の欲望のために暴力をふるうのは、人を傷つけておいて被害者ぶる人間より余程痛快だ。「その子供を助けなけりゃあ、お前もこんなことにゃァならなかったろうに」とうちのボスは笑いながらおれを憐れむが、子供は可愛がるべきだし間違っているなら導くべきだと教えられてきたおれにあの子供達への恨みはない。ただ、あのとき縋るようにおれのシャツを引っ張っていた子供を救ってやれなかったのが心残りだ。それを言うとボスも一層楽しそうに笑うのだから、彼も子供が好きなのかもしれない。現にうちは、他の海賊団と比べても幼い子供が多いように思う。だからと言って、でかい図体で子供のようなことをする輩を、おれは可愛がるべきだとは思えないのだけれど。

「…コラソン、いいかげんにしてくれ。おれの手なんて触ってても楽しくないだろう」

ぐにぐにと掌を揉むように弄ぶコラソンが、何を考えているのかなんておれは知らない。生ぬるい体温が気持ち悪いし、くすぐったいし、落ち着かなくて鬱陶しい。しかし取り上げればまたシャツが掴まれて伸びてしまうのは何度も繰り返して学習した。どれだけ口で言い聞かせても返事すら来ない相手に辟易として、今はいないボスに『早く帰って来てくれ』と祈りを捧げた。
乞うように手に寄せられる唇の感触も、聞こえないはずの誰かの囁くような声も、知らぬふりをするのはもういい加減難しくなってきているのだから。

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