ナマエが地面に向かって話しかけているので、ルッチはいつものように植物に愛を語っているのだと思った。動物や植物にしか愛情を注げないこの男は、まるで恋人に接するように優しい声色で「今日も綺麗だ」「元気に育っておくれ」と囁くので、ルッチは大変に面白くない。近付いていっても気付いていない様子のナマエに、ルッチは背後から「おい」と声を掛けて、半端に獣化させた指先で背中をガリガリと容赦なく引っ掻いた。血が滲むほどの痛みでようやく振り向いたナマエは、責めるような目つきで睨まれても、ルッチがルッチである限りは平然とした態度でいるのが気に食わない。「ルッチを一番に愛している」と嘘偽りなく言うくせに、ルッチに対する態度はわりとぞんざいだ。ルッチが悪魔の実の能力を使い『ミケ』となったならばそれはもう鬱陶しいくらいに甘やかしてくるのが、ルッチの存在を軽く扱っているようで一層のこと気に食わない。
「何をしている」と険のある声色で責め立てると、ナマエはやはり平然とした態度で「かわいいわんちゃんがいたものだから」と堂々とした浮気を白状してくる。番犬部隊の犬が迷いこんだのかは知らないが、マーキングもしてあるはずの所有物に近付いてくるとはいい度胸だとナマエの背中から向こう、足元の方を覗き込んだが、そこにはやはり何も無かった。敢えて言うならば綺麗に切り揃えられた芝が広がっているだけで、だからこそルッチは最初、ナマエが植物に向かって話しかけていると思ったのだ。周囲には他に何もなく、犬の匂いすらしない。「どこへ行った?」とナマエの肩に爪を立てながら問いかけると、ナマエは少しだけ目を丸くして、足元を見て、「ああ」と呟いた。ゾオン系の強化された聴覚でなければ、聞こえないほど小さい声だった。
「そうか、死んでいるのか、きみ」