コラソン長編 | ナノ


「なにから話そうか」

コラソンがひとしきり動揺を大声にして発散したあとで、幻覚でも幽霊でもないらしいヘルツはローの隣に椅子を持ってきて座った。死んだつもりが生きているというだけでも充分驚いたのに、死んだはずの男が生きていただなんてことは驚きすぎて目眩がする。一人なんの怪我もなく、勝手知ったるとばかりに部屋を出入りする様子を見るにコラソンとローを助けてくれたのは間違いなくこの男なのだろう。すぐに理解はしたが、説明してもらわないことにはわからないことがあまりにも多すぎた。

「…死んだふりをしたんだ。一年前のあの日、おれの車におれに似た他人の死体を乗せて、事故に見せかけて崖下に落とした」
「どう、して」
「ファミリーから抜ける必要があった」
「足を洗いたかったのか?マフィアをやめたくて?」

期待に声が上擦る。告げられた事実には確かに驚いたが、その理由がマフィアという犯罪組織からの脱却を望んでいたからだとしたらコラソンには喜ばしいことだ。彼がマフィアでなければ、叶えられることはたくさんあった。嘘をつかず、本当の声で会話し、心の底から笑い合える。なんの偽りもない関係性。
しかしヘルツはコラソンの期待をなぎ払うように首を振り、淡々と答えを返す。

「お前が警察の人間だと知っていたからだよ」

責めているわけではない、コラソンの裏切りをただ事実として並べただけのような口調に息を飲む。ローはコラソンより先にそれを知っていたのか、何の反応もせずにじっと黙ってそれを聞いていた。

「…なんで、いつ、どこでそれを知ったんだ」

問い詰める声は震えていたかもしれない。ボロを出したつもりはない。怪しまれることはあったかもしれないが、確固たる証拠を出さずにこれまでやってきた。ローのことがなければそのままドフラミンゴファミリーの逮捕まで追い詰めていたかもしれないコラソンの働きを、確かにヘルツにだけは暴露したいと何度も思った。彼の優しさを目の当たりにする度に口を開きかけては閉じた真実は、結局伝えることが出来なかったからコラソンは罪悪感に潰されそうになっていたのだ。それが既に知られていただなんて、間抜けにも程がある。

「お前が自分で言ったんだ。裏切っていたと」
「いっ!?いって、そん、いってない!」
「…まァ、随分と昔のことだ、覚えてないとは思ってたよ」
「いつだ!?酔ってる時か!?寝ぼけてる時か!覚えがないぞおれは!」
「言ったんだよ。お前が覚えてなくとも、お前は自分の口で、自分がおれ達の敵であることを言ったんだ」

コラソンがドフラミンゴファミリーに潜入し、ヘルツと出会ってからの記憶を洗いざらい思い返してみてもそんな記憶はない。いつも罪悪感とともにヘルツと接していたので、もしかしたら酒が入った日や、朝のまだまどろむ時間帯に夢現で漏らしてしまったのかもしれない。ヘルツの隣に大人しく座るローは『いつものドジかよ』とばかりにじとりとした目でコラソンを見ているが、こればかりはコラソンも自分が自分で信じられない。なによりもヘルツが、この世の何よりファミリーを愛していたはずのヘルツが、裏切り者の存在をどうしてドフラミンゴに伝えず、そして裏切り者本人へも何も言わずに放置していたのか。その事実がなによりも理解出来なかった。

「ファミリーの居心地が良くなってそのままマフィアになってしまうことを期待したが、そうはならなかった。ドフラミンゴが実弟であろうとも裏切り者を許すはずがないのもわかっていた。…おれは、お前がいつか殺されることを知っていたんだ」

「事実そうなった」とコラソンの怪我を指すヘルツは、あまりにも淡々と続けるのでまるでついていけない。
確かにそうなった。裏切りが発覚し、ドフラミンゴによる処刑は実の弟だろうとなんの容赦もなく執行されたのだ。それは警官の立場でドフラミンゴに関わろうとした時から覚悟はしていた。ファミリーの誰かに知られたらすぐさま命が危険に晒されることはわかっていた。もしもドフラミンゴが許したとしても、ドフラミンゴを慕うファミリーが許すはずがないことも。
いつのことだかは未だに思い出せないが、ヘルツが言うようにコラソンが自分の口で自分の正体をヘルツに告げてしまった時。ヘルツがそれをドフラミンゴに伝えてしまえば、コラソンは何も出来ないままドフラミンゴに殺されてしまってもおかしくはなかったのだ。それがずるずると、ヘルツの「ファミリーの居心地が良くなってそのままマフィアになってしまう」という目論見のおかげで期限を伸ばしたのだからローを救うことは出来たし、感謝するべき判断なのだろう。    けれど。
どうして死んだふりをしたのか。なぜファミリーを離れてまで、下手したら同じ裏切り者だと思われても仕方のないような真似をしてまでコラソンとローを助けたのか。
聞きたいことはたくさんあるが、なによりも引っかかるのはただひとつだ。

「…おれに優しくしてくれたのは、ファミリーの為だったのか」

裏切り者が裏切る気を無くしてしまうように、甘やかして優しくして仲良くなって。コラソンの心を締め付けた彼の暖かさが計算された偽物だったとしたなら、結局彼の頭の中にはファミリーのことしかなかったのだと思い知らされる。裏切り者に責める権利などないと言われればなんの反論も出来ないけれど、正面から向き合って「警察なんかやめてマフィアになれ」と言われたほうが余程良かった。
落胆したような声で、思わず拳に力を入れてしまったコラソンに、ヘルツは力無く首を振って否定する。

「…おれは、コラソン、お前のことも、ローのことも…本当に『家族』だと思っていたんだよ。…いや、今でも、思ってる」

「だから守りたかったんだ」と俯いて額を掌で押さえるヘルツは、幼い頃に実の家族を失っている。だからファミリーに固執し、ファミリーがいればそれだけで幸せだと笑っていた。
コラソンはそれを壊そうとして、失敗したところを救われ、挙句彼の優しさまで疑った。コラソンさえ見捨てていれば、ヘルツは今でもファミリーの中で穏やかに笑っていられたというのに。

「…ごめん」

小さな声で子供のように謝ったコラソンに、ヘルツは黙って首を振る。責めてくれない彼の優しさが、受けた鉛玉よりよほど辛かった。


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