柔らかく温かなベッド。整頓された部屋。いくつかのチューブで繋がれたコラソンの身体と用途のわからない精密機器。 そしてベッドの横にはぐずぐずと声を漏らして泣いているローが座っている。 そう、ローだ。自分の命と引き換えに救ったはずの命が何故か目の前にいることに、コラソンは何よりも混乱した。
「ロー!嘘だろ!?お前も死んじまったのか!」
混乱の極みの中で叫んだコラソンに、すぐさま「死んでねェよ!!」と否定されたのは喜ばしいことなのだが、ならばこの状況は一体なんだというのか。全身には包帯と薬剤の匂いがまとわりつき、腕には点滴が打たれ、なにかを計測されているらしい精密機器を見れば明らかに治療されているのだとわかるが、備え付けのクローゼットや本棚、間接照明を見るにどう考えても病院ではない。単なるどこかの家の一室だ。 助けられたのか。誰に?警察に?いや、ならばローがいるはずもない。まだ頬に残る白い痣の病は世間で感染症の類だと誤認されていて、隔離か殺処分の対象になっているのだ。ドフラミンゴに連れて帰られたというわけでもないだろう。明らかにコラソンを殺すつもりで鉛玉を撃ち込んできたし、なによりパトカーのサイレンが聞こえてきて逃げる後ろ姿を確かに見た。じゃあ誰が、なんのために。
「一度起きたんだろ、覚えてねェのかよ」 「エッ?」 「…もういい、どうせ寝ぼけてたんだろ」
真っ赤になった目元を擦って涙を拭ったローも、コラソンほどではないにせよ怪我の痕が見える。右頬にはガーゼ、左足には包帯、膝には大きな絆創膏。それらを剥がせば痛々しい傷があるのだろうが、丁寧に手当てされた様子にコラソンの疑問は残るばかりだ。ここはどこで、いまどういう状態で、それから今後どうするべきなのか。判断するには情報がなにひとつ足りない。かろうじて分かっているのは、ここはまだあの世ではなくて、コラソンもローも一命を取り留めているという現状である。もちろん、これがコラソンの夢や妄想の類でなければ、という話だが。
「おいロー、一体これはどういう、」
「 起きたのか。まだ絶対安静なんだ、あまり興奮しすぎるなよ」
「じょう、きょ……」
ごく自然な動きでドアを開けた『それ』が、ごく自然な仕草で顔を出した瞬間、ローから『それ』へ視線を動かしたコラソンの思考が全て停止した。 頭が真っ白になって動かない。間抜けに口をポカンと開き、目を丸くして呼吸すらも止まった。どうして、だとか、何故、なんて言葉ばかりが頭の中を渦巻いては答えを出せずに充満していく。
だって『それ』は、死んだはずだ。車の事故でぐちゃぐちゃに潰れて死んだから、地面深くで眠っているはずだ。あまりにも呆気ない幕切れに現実を受け入れられなくて、それでも毎日彼のいない朝を迎えるたびに受け入れるしかなかった。「おはよう」と言って起こしてくれる声は無くなった。転びそうになると背中を支えてくれる手は無くなった。煙草でボヤを起こさないようにと、代わりに点してくれる火は無くなった。 死んだから無くなったのだ。コラソンが今、本当に生きてこの世にいるのなら。ローが言うように、ここがあの世でないのなら。目の前に姿を現した『それ』の、説明がつかないじゃないか。
「…ヘルツ?」
顔も、体躯も、そしてだらりと無力にぶらさがる左足も、『それ』は彼に他ならない。幾度も繰り返し思い出したヘルツという男の姿。死んだと思った先で見た穏やかな顔。なにもかも、一年前の、あのファミリーの中で見たヘルツそのままだ。
死んだはずのヘルツが、そこにいたのだ。
「 っえええええええ!!!?」 「うっせェなコラさん!絶対安静だっつってんだろ!!」
部屋の中に2つの絶叫が轟き響く。「ローも充分うるさいよ」と呆れたように笑ったヘルツの声は、それどころではないコラソンにはまるで届かなかった。
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