全身が重くて指一本動かない。死ねば痛みからは解放されるのかと思っていたが、どうやらそうでもないようだ。あるいは地獄にいるのかもしれない。天国に行けるとは露ほども思っていなかったけれど、そうなると彼に会いたいという願望も叶えられはしなさそうだ。
「…ヘルツ」
がらがらに掠れて、出たかどうかもわからない小さな声で名前を呼んだ。真っ暗な空間の中で、ぼんやりとオレンジ色の光だけがささやかに灯っている。「ヘルツ」。もう一度呼ぶと、今度はもう少しはっきりと音になった。シンと静まり返る空気の中で、彼の名前がぽっかり浮かぶように響き渡る。すると益々会いたくなってしまって、「ヘルツ、会いたい」と乞うように呼んだ。
「 ああ、おれも、会いたかった」
都合のいい地獄だと、そう思った。焦がれていた存在から、同調するような返事が聞こえてくる。重たい頭をどうにかずり動かして目線を横にずらせば、ぼんやりとした光の中で彼が笑っていた。穏やかな顔。記憶の中の彼となんら変わりない。
「…ヘルツ」 「ああ」 「ヘルツ」 「うん」 「会いたかった」 「おれも」 「謝りたかったんだ、ずっと」
目から熱いものがぼろぼろとこぼれ落ちる。長い指先がそれを掬って、自分が泣いているんだとわかった。彼は困ったように笑って、「謝らなくていい」と優しくなだめてくれる。都合のいい言葉だ。都合のいい夢。「辛かったな」なんて、裏切り者にかける台詞じゃない。ましてや彼は、なによりファミリーを愛していたのに。
「もう楽になっていいんだ。ゆっくり寝てなさい」 「…いやだ、あんたがいなくなっちまう」 「ずっとここにいる」 「うそだ」 「本当」 「ほんとう?」 「ほんと」
子供のようにぐずるコラソンに彼は「ふ」と息を漏らすように笑って、涙を拭っていた指先が髪をすいた。「大丈夫、ここにいる」。都合のいいヘルツの声が、薬のように眠気を誘った。これが都合のいい妄想ならば、確かに望む通りいつだってここにいてくれるだろう。「なにも心配しなくていい」。穏やかに宥める声が眠りの世界へ突き落とす。襲ってくる睡魔に身を委ね、彼の指に擦り寄りながら安心して瞼を下ろした。
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