コラソン長編 | ナノ


雪が降る日は、彼のことを思い出す。気温が低く天気の悪い日は左足が痛むらしく、温めるように手のひらでさする光景がよく見られたからだ。「気圧の関係だろうな。妙にだるくて、ひどいと痛み出す」。仕方のないのことだと諦めてはいるようだったが、冬が来るたび癖のように足をさする仕草は哀れなもので、「おい冷やすなよ」とわざわざ声を掛けるものやフットカバーを手作りして渡すもの、飲んでいる紅茶にブランデーを注いでやるものと、彼の体調を気遣うものが絶えなかった。その中でも特にベビー5は、自分にも出来ることがあって嬉しかったのだろう。進んで彼の代わりにその小さな手で足をさすってやり、周囲が「いっそ膝の上に乗っちまった方が早ェんじゃねェのか」と冷やかせば真に受けて親に甘える子供よろしくその膝の上にちょこんと座っていることさえあった。とうの本人は「これって幼女趣味の危ないやつに見えないか」と苦笑いしていたが、降りろと言わなかったのはベビー5の厚意と役に立てる場面を無碍にしたくなかっただろう。
コラソンが子供嫌いとして認識されているならば、反対に彼は子供に甘いことでファミリーの中では有名だった。話す声は柔らかく、危ない目に遭えば助けてやり、クリスマスには毎年プレゼントをやっていた。不治の病を患ってドフラミンゴファミリーに加わることになったローにだってそうだ。「ドフィが右腕にすると決めたなら」とわざわざ治療法を独自のルートで調べていたようだったし、生意気な口を聞く子供でも叱ることなく甘やかしていた。酒が入ると少し陽気になって「みんな愛してるよ」と囁きながら誰彼構わず頬にキスをしてくる癖があるのだが、感染症の誤認があったローにさえ「長生きしろよ」とキスをしていた。馬鹿じゃねェのかと嫌がっていたローも、彼にだけは少し態度が柔らかかった気がする。コラソンはその光景が羨ましくて、少しだけ嫉妬していた。素直に子供達を可愛がれる彼にか、それとも彼に可愛がられている子供達にか、それはコラソン自身にもわからなかったけれど。

信頼出来る仲間たちに囲まれて穏やかに談笑する日々を、優しい彼に優しさで返す日々を、過ごせなかったのはコラソンが裏切り者だからだ。深く関わりすぎてはいけない。ボロを出すようなことがあってはいけない。怪しまれないよう必要最低限のコミュニケーションをとってはいたが、性根の合わないものたちとはそもそも仲良くなりたいと思うわけでもなし苦痛ではなかった。苦痛だったのは、子供達と、彼のことだけだ。
彼のように甘やかして可愛がれたら。子供達のように素直に彼を心配出来たら。目の前の光景に混じれない業を、それでも捨てなかったのは自分の選択だ。いつか裏切る未来を知っていて仲良くなれるほど、コラソンは厚顔ではなかった。

冬の寒い日。自分が彼の足を温めてやれたらと、都合のいいことばかり考えているうちに彼はいなくなってしまったけれど。


(…ああ、さいごにこんなこと思い出すなんて)

しんしんと降り積もる雪に埋もれながら、冷えていく身体は徐々に感覚が無くなっていく。散々殴る蹴るの暴行を受け、鉛玉を何発も撃ち込まれた身体は動かない。遠くからサイレンの音が聞こえて、警察の訪れに慌てて逃げていくファミリーの後ろ姿。隠したローが逃げるまで、時間が稼げればそれでいい。
ローの命を救うためにファミリーを離れ、各地の医療機関を巡り、それでも治療法は見つからずに結局はファミリーを裏切り法も犯した。後悔はしていない。死ぬことも覚悟の上だった。最初は半ば衝動的だったが、半年間二人きりで過ごせば情も沸く。なんとしてでも治してやって、そのためならば裏切り者と見抜かれる危険も怖くはなかったのだ。その結果、ファミリー総出で痛めつけられることになったとしても、なんら後悔はしていない。ローは助かる。自由になれる。それだけで、笑って最期を迎えられそうだった。

雪が降る。痛みと出血で動けない身体は埋もれていく。どこもかしこも痛いのに、冷えた部分が特にじんじんと痺れるような感覚に襲われて走馬灯のように彼を思い出した。一年ほど前に死んだひと。優しくて穏やかで、なによりをファミリーを愛していたひと。
これから逝く先でもし会えたとしたら、彼は怒るだろうか。なじるだろうか。それとも、仕方のないやつだと呆れてあの頃のように手を引いてくれるだろうか。なんだっていい。後悔はしていない。わかってもらえなければそれまでだ。けれど、わかってもらえるような気もしていた。やさしいひとだ。ドフラミンゴの暴走を止めたかったと言えば、理解を示してくれるだろうという打算があった。汚いやつだと罵られても、それはそれでいい。もはや偽ることもない、本当のコラソン、いや、ドンキホーテ・ロシナンテのことを知って貰えるなら。
こんな時だというのに嬉しくなってついつい笑ってしまう。死んだ先には彼が待っているのだと思うと、気分はとても晴れやかだった。


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