コラソン長編 | ナノ


足の不自由な男だった。

生まれつき左足に障害があって、引きずるようにして歩く姿が強く印象に残っている。屋外では杖が手放せず、みんなと一緒に歩くと遅れてしまうのを少しばかり申し訳なく思っているようだった。ハンデのある彼を、哀れには思えど疎ましく思った人間はファミリーの中にはいない。『家族』を大事にする組織だということはもちろん、彼自身が穏やかで誠実な人間だったからだろう。障害を負っているといえど必要以上に卑屈になることもなく、悲劇の主人公を気取ることもない。事実を現実として受け入れ、その上で可能と不可能を冷静に判別する姿勢は周囲も認めていたから、彼は爪弾きにされることなく『家族』の一員として存在していた。

ボスであるドフラミンゴには忠誠と献身を捧げ、肩を並べる幹部にも親愛と敬意を払い、守るべき下の者は正しい意味で可愛がった。マフィアの一員らしく過激な部分はあったけれども、それはドフラミンゴからの命令やファミリーを傷つけられた報復をこなしているだけであり、彼自身が進んで他人を傷つけようとしたところは見たことがない。元々口数は少なく、無表情でいることも多かったが、優しい人なのだと思う。杖を持ち、装具をつけ、足を引きずるようにして歩く姿はどちらかと言えば庇護欲を煽る立場の人間だろうに、本人はどちらかといえば周囲のフォローに回る事の方が多かったくらいだ。
一番その恩恵を受けていたのは、ファミリーのボスであるドフラミンゴの実弟、コラソンだった。何もないところで転びそうになる身体を支え、タバコで度々起こる小火を消してやり、怪我をすれば手当てを施した。どちらが健常者なんだかわかりゃしない、と笑われていたが、ドジの多いコラソンは本当に助かっていた。声を出せない唇で『ありがとう』と感謝を告げると、ほんの少し緩む目元が好きだった。
今はもう、見ることも叶わないけれど。


足の不自由な男が死んだ。

突然のことだった。一昨日の夜から行方がわからなくなっていて、連絡もつかず、探しに出た幾人かのうちグラディウスが『それ』を見つけた。
地上100mの崖から地面へ叩きつけられた車。鋼鉄のボディは8割が鉄屑同然と化し、その隙間に挟まっていた遺体は判別がつかないほどぐちゃぐちゃに潰れていた。せいぜいわかるのは髪の色。おおよその体格。ボロボロになった衣服。それだけならばまだ『似ている他人かもしれない』と希望を持てたかもしれないのに、奇跡的に無事だったナンバープレートや荷物から出てきた私物が『それ』を『彼』だと決定付けた。
カーブに差し掛かったところのガードレールがひしゃげていたから、おそらくはそこから崖下へ投げ出されてしまったのだろう。ハンドル操作のミスか、あるいは対向車とぶつかりそうにでもなって避け損なったか。どちらにせよ唐突にファミリーの命を奪った『事故』は、多かれ少なかれファミリー全員へと悲しみをもたらした。
鎮痛な面持ちで感情を殺すもの、静かに涙を流し冥福を祈るもの、大声で泣き喚き現実を否定するもの。皆が皆、彼の喪失を悼んでいた。
コラソンもそうだ。信じることができない。99%が『それ』を彼だと結論づけているのに、あとの1%の可能性にばかり懸けて『似ている他人が彼の車を盗んで事故を起こしたのかもしれない』と希望を抱いて呆然としている。
死ぬことが有り得なかったわけではない。マフィアという職業だ、他の一般人よりも命の危険性は常に隣り合わせで、彼とて覚悟はしていただろう。けれどこんなくだらないことで死ぬだなんて誰が予想出来ただろうか。怒りのやり場もない、仇を討つこともできない死。誰かを責めて発散することもできない。

「…弔ってやれ」

ドフラミンゴの重い声が空気を動かす。
これは現実だと、目の前に冷たく突きつけられているようだった。


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