コラソンの懸念は、思いのほか早くに解消された。
「なにしてんだよコラさん!」 「コラソン、危ないからいい、おれがやるから」
飯を作るぞ!と意気込んだはいいものの、ヘルツが用意しておいてくれた食材を切っては指も切り、湯を沸かしては火傷して、真新しい食器を出せば床に落として割ってしまった。助手のはずのローには逐一怒られ、自室から出てきてリビングのソファーに座りながらこちらの様子を見ていたヘルツも居ても立ってもいられないという様子でキッチンまで来てしまった。割れた食器の後始末も、次は手を切るんだろうから触るなと言われてしまう始末だ。確かに無いとは言い切れないが、片足の使えないヘルツを危険物だらけのキッチンに立たせるよりかはマシだろう。急いで床にしゃがみこみ割れた皿の破片に手を伸ばそうとしたが、首筋を何かに引っ張られてそれは叶わなかった。
「ロー、コラソンは退場だ。リビングに連れてけ」 「コラさんほら!座って待ってろよ!」
コラソンのシャツの襟を引っ張っていたのはヘルツの杖の柄だったらしい。やんわりと苦しくない程度に、しかし有無を言わせない力でコラソンをキッチンの外まで出したヘルツは、ローに指示をしてリビングにまで退避させてしまう。
「…お前のドジは、ほんとに演技じゃなかったんだなァ」 「おれも最初同じこと思った。一番信じらんねェとこが本当なんだよ」 「危なっかしいな」 「ヘルツ!お前も!左足破片踏んでる!」 「…ほんとだ」 「バカ!」 「怒るなよ、大丈夫だ装具つけてるし…ああ、掃除機持って来てくれるか?玄関脇の物置に入ってる」 「手ェ切るなよ!」 「ああ、気をつける」
ヘルツが割れた食器を拾い上げて、その間にローが小さな掃除機を持ってきて小さな破片を吸い込んでいく。コラソンはリビングで所在なさげにうろうろとしていたが、片付けが終わると二人はそのままコラソン抜きで食事作りを再開してしまった。
「なに作ろうとしてたんだ?」 「パスタ、とサラダ。あとおにぎり」 「…おにぎり?」 「おれが食いたいって言ったんだ」 「そうか…具は、」 「梅干はいやだ」 「安心しろ、用意してないはずだ。鮭くらいしかないな」 「鮭でいい」 「じゃあおにぎりはローの任務だ。出来るか?」 「バカにすんな、それくらい出来る」 「ん、じゃあおれはパスタ作るかな」 「お前こそ出来るのかよ」 「……レシピを見れば…食えなくはないだろう…」 「おい」 「…なあ、おれも」 「コラさんは座ってろよ」 「味見は頼んだぞ」 「…おう」
仲良く共同作業、というよりローにとっては一時休戦に近いのかもしれないが、傍から見れば和気あいあいとキッチンに並ぶ姿にコラソンは喜ぶべきだろう。しかしぽつんと取り残されてしまった立場には少々複雑だ。こんなことでヘルツへの借りが返せるとは到底思ってはいないが、僅かな恩返しでさえろくに出来ない自分が情けなくなってしまう。 それでも、茹で過ぎたパスタや小さな手のひらで握った小さな握り飯を頬張って「うまいな」と幸せそうに笑うヘルツを見るだけで満たされてしまうのだから、やはりコラソンはヘルツのことが好きだ。何を企んでいたとしても、きっとそれは変わらないだろう。
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