SSリクエスト祭 | ナノ


「手を出しなさい」と命令口調のくせどこか優しい声色で言われると、ロシナンテは自分が何も出来ない子供の頃に戻ったような気分になって、本当はあまり好きではない。けれど海軍に入ってしまった以上、上官である彼に逆らうことは出来ないのだ。そっと両手を差し出すと、その上に惜しみなく盛られるのはクッキーやキャンディ、チョコレートといった菓子の数々。「もう子供じゃありません」。何度言っただろうか。何度言っても聞き入れられないのは何度も繰り返してわかっていたので、最近はもう何も言わなくなっていた。どうせ、答えはひとつだ。「そんなに体が大きいと、すぐに腹が減ってしまうだろう」。そのくせ、くれるものはいつも甘いものばかりなのだから、彼はやはりロシナンテを子供扱いしている。

幼くして全てを無くし帰る場所も頼る人も失ったロシナンテを拾ってくれたのはセンゴクで、彼    ナマエはそのセンゴクの部下だった。公私共に仲のいい先輩後輩という間柄だったらしい彼らは、よくお互いの家を行き来し、もちろんロシナンテの存在もナマエにはすぐに伝わった。「おれ、弟が欲しかったんだ。妹ばっかりでさ」とロシナンテをぬいぐるみのように抱き上げてそう言ったナマエは、海兵として育てるために厳しくもあったセンゴクとは違い、無責任なほどどろどろにロシナンテを甘やかした。十分すぎるくらいの衣服や玩具を与え、別れ際にはポケットの中にぎゅうぎゅうに菓子を詰め込むのが毎回だ。彼と一緒にいるときは抱き上げられているのが当然のことになっていて、その腕の中で眠ると悪夢も見ないものだからロシナンテも甘えてしまったのがおそらくは一番の間違いだったのだろう。暴力を振るわない大人。悪意を向けてこない大人。汚い言葉を使わない大人。今はもういなくなってしまった父と母以外に、優しい大人をロシナンテは知らなかったから、無くしてしまわないように縋るのが精一杯だった。体が大きくなって抱き上げられなくなってしまった時は、もう優しくしてもらえなくなるんじゃないかと恐ろしかった。その分たくさん抱きしめられて杞憂だと知ったけれど、その時ロシナンテは思い知ったのだ。いつまでも子供ではいられないこと。いつかは大人にならなくてはいけないこと。それでもナマエはなんのてらいもなく、ロシナンテの不安や漠然とした喪失感を笑い飛ばすようにいつまで経っても、それこそいつしか体長3mを越す大男になり海軍大佐という肩書きを持ったとしても、甘い菓子や楽しい玩具を与えてくるのだから、ある時からロシナンテは別の意味での不安を拭いきれなくなってしまった。彼の目には、もしかしたらロシナンテはいつまでも子供のままなのかもしれないという不安だ。怖い助けてと怯えて泣く子供。なにも出来ない子供。そんなわけがない。子供のままでいたかったとは思わないけれど、子供のままでいられないのはロシナンテが一番よくわかっている。だって、子供というにはやましい気持ちを、彼に抱えているのだから。だから、いつまで経っても子供に見られるのは、とても困るのだ。欲しいものが甘いお菓子や楽しい玩具ではなくなってしまった頃から、ロシナンテはもう、子供じゃいられなくなってしまった。

「そうだ、今日はおれのうちへおいで。お前と一緒に寝られるくらいの、大きなベッドを買ったんだ」
「……ナマエさん。おれはもう、子供じゃありません」
「おれにとっちゃあ、いつまで経ってもお前は、」
「子供じゃないんです、ナマエさん」
「……ロシナンテ?」

    大人なんです、おれ。もう。

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