下っ端の頃は雑用や訓練ばかりで休む時間なんかろくに無かったが、上の立場になったら後進の育成や遠征ばかりでろくに休日が取れないなんて海軍はちょっとどうかしている。「それはお前が真面目すぎるから余計に仕事を任されるんだろう」と同期には呆れたように言われたが、おれは真面目だから今まで必死こいて働いてきたのではなく、好きな人と一緒の時間を過ごしたいがために必死こいて昇進してきたのだ。
おれの恋人であるボルサリーノさんは、海軍最高戦力と名高い大将の一人である。おれがまだ戦場に出始めたばかりの頃に一目惚れして、階級の差も年齢の差も性別すらも完璧に無視して押して押して押しまくって恋人の座を勝ち取ってからずっと続いている関係だ。それなりに分別のつくようになった今になって思えば、若い頃のおれは本当にどうかしていた。あの頃既に将校だった上司にまだなんの功績も上げていない下っ端が身の程知らずにも「好きです付き合ってください」と迫っていたのだ、無鉄砲にもほどがある。ボルサリーノさんからしたらしつこくつきまとってくる若造が鬱陶しすぎて渋々了承してくれたのだろうが、下手したら海賊討伐のどさくさに紛れて殺されていてもおかしくなかったんじゃなかろうか。周りも見ずにバカみたいに恋の熱に浮かれて、本当に、若さって怖い。というか、恥ずかしい。
勢いに任せたツケとして、お付き合いを始めたもののボルサリーノさんはおれに興味なんかないのは明白だった。下っ端と将校では仕事の内容も違うので休日も休憩時間も当然合うはずもなく、それどころか数ヶ月間会えないことだってざらにあることだった。おれは毎日のように電伝虫で「会いたいです辛いですいちゃいちゃしたいです」とぐすんぐすん泣きながら弱音を吐いていたのだが、ボルサリーノさんは「仕方ないだろォ〜?文句があるならさっさと昇進でもしなよォ〜」と呆れたように突き放すだけで寂しそうな素振りなんか全く見せてくれなかった。仕方がない。ボルサリーノさんは渋々付き合ってくれているんだから、話に付き合ってくれるだけでもよしとしようと、とにかくおれはボルサリーノさんに見捨てられないために、そしてボルサリーノさんに会うための時間を作るために必死こいて強くなって海賊殺しまくってたらいつの間にか後輩出来て部下が出来て部隊任されるようになってますます忙しくなったもんだから本当に笑えない。正義ではなくボルサリーノさん対する愛のみで働いてきたおれが今では立派な将校サマだっていうのだから、本当に真面目に働いている海兵たちがかわいそうに思えてくる。若い頃と違って自重というものを覚えたおれは、昔ほど弱音を吐かなくなったし、そうそう休みを貰えない日々を表立って嘆くことはなくなった。すると、余計なことを言わなくなっただけで中身はちっとも変わらないというのにおれの評判は「真面目で勤勉」というなかなか上々なものになっていた。それがむしろ仕事の増える理由になっているのだからろくでもないけれど、「まあ海兵なんてこんなものですよね」と自分を慰めるためにも笑って受け流してたら今度はもっと良いことがあった。昇進や、周囲の評判が良くなるよりももっと嬉しいこと。もしかしたらボルサリーノさんが、おれのこと、好きになってくれてる、かも。
「えへへへェ」
「なァに笑ってんのかねェ〜」
「だって、ボルサリーノさんがおれのために休みとってくれたなんて、嬉しい」
自分のスケジュールを自分で調整出来るほど偉くもなく、下っ端ほど代えのきくような存在でもないというとても中途半端な地位のおれのために、なんとボルサリーノさんが自らおれに合わせて休みをとってくれた。これは今までになかった快挙だ。ご褒美だ。サプライズプレゼントだ。
遠征から帰ってきたら家にボルサリーノさんがいたとか、仕事のしすぎで幻覚が見えているんじゃないかとすら疑って硬直したら、「なんで喜ばないんだァい〜…?」とかわりと本気でキレられたのでさらにおれは夢じゃないかと疑ってしまった。ボルサリーノさんからおれに会いに来てくれて、なおかつおれがそれに喜ばないからと怒るだなんて、長い付き合いで一度だってなかったから仕方がない。合鍵だって渡していたのに、使われたのは今日が初めてなんじゃなかろうか。
戸惑って黙り込んでしまったおれをボルサリーノさんが小突いて、痛みで夢じゃないと気づかされ、さらにボルサリーノさんがおれのために仕事を調整して休みをとってくれたなんて聞かされたら、一気に浮かれてしまうのも仕方がない。衝動的にキスをして、奥歯まで舐め回し、床に押し倒して発情した犬みたいにしがみついて体をまさぐってたらぶん殴られて落ち着いた。お恥ずかしい。歳をとったつもりでも、おれはまだまだ若いということか。
「わっしは恋人より仕事をとるようなどっかの薄情な男とは違うんだよォ〜」
唇を尖らせて、拗ねたようにおれを責めるボルサリーノさんが可愛くて仕方がない。叱られないようにそっと手を握り、指の一本一本にキスしながら言い訳をする。おれは恋人のために仕事をとっていたのだ。そこらへんは誤解しないでほしい。
「違いますよ、おれだって、ずっとボルサリーノさんと一緒にいるために偉くなろうって昇進したのに、もっと忙しくなるなんて思わなかったんですもん」
「ばかだねェ〜」
「だって、早くあなたにふさわしい男になりたかった。おれのこと、好きになってほしかったんです」
「…わっしは、好きでもない相手に付き合ってやるほどお人好しじゃあねェよォ」
「またまたァ。大丈夫ですよ、ボルサリーノさんがおれに興味ないって気付いてましたから」
「勝手に決めつけるんじゃ、」
「今、好きになってくれたらいいんです。ねェ、わざわざ休みをとってくれたなんて、そういうことでしょう?言ってください、おれのこと、好きだって」
「………」
「お願い、ボルサリーノさん」
「………」
「ボルサリーノさん」
「………来週から、わっしの部隊に異動だよォ〜」
「へっ?」
唐突に仕事の話を出されて、甘い雰囲気から一気に現実に戻された気がする。何故か不機嫌な顔でおれの頭を掴んで押し返したボルサリーノさんは、懐から一枚の書類を差し出して眼前にかざした。
「辞令」
「あ、あー…ほんとだ、ボルサリーノさんの部隊に異動…えっ?」
「嬉しいだろォ〜?もっと喜んだっていいんだよォ〜」
「わーい…?え?いや、一緒にいられるのは嬉しいんですけど、なんで…?おれの部下とかは…?えっ?」
「喜んだって、いいんだよォ〜?」
にっこりと、笑ってるのに目が怖い。いつの間にかボルサリーノさんがおれのこと好きどころか好きすぎる感じになっているんだが、一体どこでフラグが立ってたんだ。おれにはさっぱりわからない。