SSリクエスト祭 | ナノ


「ほら、いい子だな。口を開けて?」

熱を出した子供に薬を飲ませるような口調で、けれどやっていることはそんな生易しいものではない。ナマエに顎を掴まれているベックマンの周囲には、酔い潰れて甲板に転がる仲間達。ご丁寧にひとりひとりと飲み比べをしたナマエは、その実ほとんど飲んでいない。酒場の女のように艶やかな声とやわらかな圧力でグラスになみなみと酒をついでは、相手に飲ませてばかりで自分はグラス一杯ほどしか飲んでいないのをベックマンを遠目にみて確認していた。それを誰も咎めないのは、興味が酒の進み具合よりもナマエ自身に注がれているからだろう。シャンクスの知人だというナマエは、それなりに、いやかなり有名な海賊だった。なにせあの、処刑された海賊王のクルーである。懸賞額はとうの昔に億を超え、悪名も高く、海軍に血眼になって探されているはずの男が、なぜこの東の海でのんびりと飲み比べなんかしているのかわからない。それも、知人とは言えどまだ無名の海賊団相手にだ。もちろんベックマンは彼と直接会ったことはないが、新聞や本に書かれているナマエという男は大概ろくでもない。老若男女を誑かし、都合のいいように扱ってはゴミのように捨て、そして歯向かう者には暴力でもって屈辱と後悔をたっぷり味あわせてから殺すという男だ。情け容赦のない冷徹な男が現れたとき、ベックマンは海賊団結成早々に気まぐれで潰されでもするのかと覚悟したが、船長であるシャンクスが能天気に「あれェ、ナマエさんまた来たのかァ」と声を掛けてから、仲間を順々に紹介されていつの間にか酒盛りになっていったのだ。
間近で見て、話した彼は伝え聞いていたほど残忍な人間ではない。威圧感はある。空気が呑まれそうになる雰囲気も、ベックマンが近づきたくないと思う要因のひとつだ。今は無害であれど、いざというときのために出来れば蚊帳の外で眺めていたかったのだが、もう仲間はシャンクスを除きベックマンひとりだ。「のまないのか?どうして?」。にっこりとわざとらしく笑う唇。瓶の口を押し付けられて、ゆっくりと口腔内に流し込まれる酒は、明らかに度数が高い。喉を焼くアルコールを流し込まれるままに飲んでいれば、いくらうわばみといえど潰れるのも時間の問題だろう。けれどベックマンは、ナマエの目から逃げられない。情婦のように艶やかで、色っぽく、惹きつけられる瞳だ。けれど目を離せば、その瞬間に頭から食べられてしまいそうな危うさもある。知人ならどうにかしろ、と心の中でシャンクスを呼んだが、傍観して笑っている我らが船長は朗らかに笑うだけだった。

「おいベックマン、はやく潰された方が楽だぞ〜?その人、おれと二人っきりになりたいだけだから」

なるほどつまり、お前ら一体、どういう関係なんだ。

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